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小説:コトリの薬草珈琲店 3-3

 大和西大寺駅の商業施設は「ならファミリー」と呼ばれていて、近鉄百貨店・イオン・専門店街の3エリアで構成されている。開業は1972年と古いが、改装を重ねながら、今現在も奈良県民の買い物先として賑わっている。同施設の地下には奈良県の特産品コーナーがあって、そこが琴音の目的地だ。

 大和西大寺駅の改札を出た辺りで、琴音は凛の様子が少しおかしいことに気づいた。
「ねぇ、凛ちゃん、大丈夫?疲れちゃった?」
「あ、バレちゃったな。ちょっとお腹が冷えてしまって」
「そう・・・ごめん、公園でコーヒー飲んだりしたもんね。少し配慮が足りなかったかな。」琴音は、他の二人も大丈夫だっただろうかと思いを巡らす。
「いやいや、今日は外出なのに少し薄着をしちゃったのが悪いんだと思う。でも、今晩は彼氏君と食事に行く約束をしているから、少し不安だな。それまでに治るといいけど」
「あ、ちょっと待って。」そう言うと、琴音はリュックの中をごそごそと探し、薄くて黄色いモノがいくつか入った透明の袋を取り出した。そして、袋を開けて、凛に差し出す「これ、食べてみて」
「陀羅尼助でも出すのかと思った。これ、何?」
「生姜糖。生姜の力でお腹を温めながら、消化機能を整えてくれるの」
「おぉ、じゃあ。」そう言うと、凛は生姜糖を一切れ口にした。「おお、生姜やねぇ。温まりそう」
「あと、おへそはどの辺り?」
「え?この辺りだと思うけど。」服の上から指をさす。
 琴音はおもむろに、凛のおへそから少し上のあたりと、少し下のあたりをグイグイと押した。
「うぐ・・・これは何?」
「上が、中脘(ちゅうかん)のツボ。下が、関元(かんげん)のツボ。消化機能をアップしたり、お腹の冷えを取ったりするおまじないです笑。さっきみたいにグイグイとは押さずに、時々、優しく押してみてください」
「おい、さっきのはダメな例かよ笑。でも、ありがとう。試してみる」
「上着のポケットに手を入れながら、こっそりとツボのあたりに手を載せて温めるのもアリです」
「何食わぬ顔でツボ押しするって訳やね笑」
「そうそう笑」
 できるケアを終えた二人は、ならファミリーへと歩を進めた。

 店に入り、百貨店のコスメコーナーを通り過ぎて二人が自然と足を向けたのは、自然派のコスメだけを集めたセレクトショップだ。偶然にも二人にとって、ならファミリーに来た際に必ず立ち寄る場所となっている。

「最近、奈良県内の素材を使った化粧品も増えてきたよねー」
「せやねぇ」
 二人の目の前に並んでいるのはAngellina(アンジェリーナ)というブランドの商品ラインナップだ。奈良が一押ししている大和当帰は西洋でAngelica(アンジェリカ)と呼ばれているので、それを由来としているのだろう。この店舗では、同ブランドの基礎化粧品一式と固形石鹸、そして、精油やお香が数点、置かれている。

「凛ちゃん、アンジェリーナのオオツカ姉妹知ってる?」
「もちろん。この界隈では有名人だから知ってはいるけど、会ったことはない。コトリの知り合い?」
「うん、時々、店にも来てくれる」
「さすが、顔、広いねぇ」
「そうだね、奈良県内の薬草関係の人とはだいたい知り合いかも。この業界で働いている人、まだまだ少ないからね・・・で、オオツカ姉妹は実家が宇陀の農家さんなんだけど、それぞれ全然違う業界で働いていた姉妹ふたりがコスメ化を思いついてしまって、数年で立ち上げたブランドなんだよね」
「すごいな。でも、そんな数年で化粧品メーカーを立ち上げられるものなの?」
「実際に作るのは他の化粧品メーカーで、姉妹が行っているのは商品企画と材料の調達まわり。また、それを宣伝したり、商品の送付を行ったりしてるみたい」
「いわゆるOEMということか」
「そうそう。OEM。でも、地元を応援するテーマということもあって、宇陀市や奈良県の職員さんなどとも連絡を取りながら、ビジネス頑張ってるよ」
「すごいなぁ・・・。そうだ、このオオツカ姉妹と繋いでもらうことってできる?うちの会社でデザインを応援出来たらって思った」
「いいよ〜。そうそう、来週日曜日の“フードイズムなら”にも来てくれるって姉のほうがSNSで投稿してくれていたかも。うちも出店するから、そこに」
「来週の日曜日のグルメフェスね・・・うん、私も予定ないから遊びに行ってもいい?というか、よかったら、店、手伝おうか?もしかしたら、うちのお客さんも出店しているかもしれないから、挨拶もできるかも」
「ありがとう・・でも、真奈美さんが来てくれることになってるから、店のほうは大丈夫。オオツカ姉には何時くらいに来てもらえるのか、確認しておくね。それに合わせて遊びに来てくれたらいいと思う」
「分かった。サンキュ~」

 ひと通りコスメ店をチェックしたふたりは、階段を下りて地下1Fへ。フードコートを抜けるとそこは、百貨店の地下エリアとなる。いわゆるデパ地下だ。そこに、琴音の目的地である奈良県の特産品コーナーがある。

 同コーナーの奥には日本酒の酒瓶が立ち並んでいる。奈良は清酒発祥の地だとも言われており、このように日本酒はひとつの目玉商品となっている訳だ。奈良時代にも平城宮内に造酒司(みきのつかさ)という部署があって、当時の政府が酒造を行っていた。

 その手前には色々な商品が立ち並んでいる。葛湯や葛餅など、吉野葛を使った商品。奈良は柿の生産量が全国2位ということで、柿を使った商品。奈良県が推している大和当帰を使った商品も幅広い。当帰茶は身体を温めたい女性に人気のお茶だ。当帰塩はクレイジーソルトのような風味で料理の香りづけに良い。当帰葉ふりかけも、ゴマと当帰と梅の香りが良くマッチしていてご飯が進む。当帰を用いた入浴剤も身体を温めたい人には人気の商品だ。

 琴音は薬草珈琲店を経営しているということもあり、店で取り扱う商品のネタ、すなわち新しい薬草珈琲を考えるためのネタ集めに自ずと意識が向く。このコーナーも、そういった意味で良い情報収集源となっている。そんな感じで「何か新しい商品、見つかるかなぁ」と特産品コーナーに近づいていくと、笑顔の男性から声をかけられた。

「今里さーん、こんにちは」
「あ、上松さん!」
「どうもどうもー。いつもありがとうございますー」
 上松さんは高市郡高取町にある“上松ファーム”という農家の経営者で、当帰葉を含む薬草類を琴音の店に納入している。乾燥加工までも丁寧に行ってくれるので、長い間、風味を損なわずに薬草を保存できる。そこも琴音にとって嬉しいポイントだ。

「こちら、私の友達です」
「はじめまして、笠原凛と言います」
「はじめまして、上松と言います。いつも今里さんにはお世話になってます・・・笠原さんはどういった・・」
「コトリとは、小学校からの友達だよね。」琴音の顔をチラリと見て、凛は自己紹介を続ける。「そして現在は、デザイン事務所で働いています。営業してます」
「おお、カッコいいですね」
「いえいえ、ありがとうございます」
 二人は自然な流れで、名刺を交換した。

 上松さんは今日、大和当帰を使った商品のポップアップショップで接客をしているようだ。通路側に小さな売り場が設置されており、いつもはコーナー内の一角で販売されている当帰製品が今日は通路側に展示されていて脚光を浴びている。

「笠原さんもいかがですか?大和当帰はお好きですか?」
「そうですね、当帰はコトリの店でよく頂いているので、結構馴染みがあるかも」
「コトリ?」
「はは、中学の時、琴音のことをみんなそう呼んでたんです。まぁ、昔からこんな風に優しげな感じというか、なんだか植物と会話でもしてそうな雰囲気の子だったんで、コトリ(小鳥)っていうのがしっくりきたんだと思います笑」
「なるほど、でも分かります。優しい感じの方ですもんね笑」
 琴音本人は笑顔で会話を流し聞きしながら、まぁ、本当に植物としゃべれるんだけどね、といつもの一人ツッコミをするのであった。

「上松さんは食品メーカーさんですか?」凛が質問する。
「いえ、メインは農家なんですよ。でも、一部の商品についてはこのように食品加工を行って、販売までさせていただいています」
「確か・・6次産業とか言うやつでしたっけ・・・、何が6つあるんやろ?」
「農作物を作るのが1次産業、その加工を行うのが2次産業。流通や販売を行うのが3次産業ということで、1×2×3で6次産業ということなんです」
「なんやそれ、適当な感じ笑」
「ですね笑。ただ、結構、そういったことを好む農家さんも増えてきましたよ。まぁ、若い人が中心ですけれど」
「そうなんですね。でも、やることたくさんで大変じゃないですか?」
「まぁ、大変ですけど、アイデアを考えたり、商品化してお客さんに喜んでもらえるのを肌で感じられたりと、結構、楽しいです」
「なるほどー、素敵ですね」
「ありがとうございます。うちみたいに食品メーカー的な6次産業を行う農家さんもいれば、農家レストランや宿泊型のサービスを提供するところもあったりします」
「あ、知ってる。確か、五條市にもありますよね。レストランやグランピングもできる農家さん」
「そうそう。あそこのテントから眺める風景は絶景ですよね。うちもいつかは、とは思ってますけど」
「ほんとですか。できたら遊びに行きますね~」
「ありがとうございます!」

 二人の会話が弾む中、琴音はそっとその場を離れ、売り場で商品ウォッチを行っていた。定期的に来ているため、ほとんどが琴音の知る商品ではある。しかし、いくつかは知らない商品を見つけたので、それを買い物かごに入れる。だいたい店内を見渡せたかなと思ったのでレジで商品を購入し、店先で話を続ける二人に声をかけた。

「お待たせ。だいたい見てまわった」
「お疲れさん。何買ったん?」
「これ見てよ、大和橘が使われたサブレ」
「おぉ、美味しそう」
「絶対に美味しいやつ・・・あと、上松さんのところの当帰葉入りふりかけ。ちょうど切れたから」
「ありがとうございます!」
「これ、もう一つ買ってるから、凛ちゃんも使ってみて。美味しいから」
「いいの?悪いなぁ。でも、ありがとう。試してみるわ・・・なんだか、県内の生産者がいて、県内の消費者がいて。思いがけない、地産地消の集いになったねぇ」
「ほんまですね笑」
「ほんとだ笑」

 上松さんに別れを告げた二人は大和西大寺駅に戻り、電車で近鉄奈良駅へと移動することに。電車に揺られながら、琴音は凛に声をかける。
「そうそう、凛ちゃん、お腹のほうどう?」
「お~、何ともなくなってる。生姜の効果すごい」
「でしょ笑。お腹が冷えた時の特効薬として、寒い季節には持ち歩いてるんだよね」
「さすがやねぇ。コトリ先生、薬草を活かした生活をしてらっしゃる。・・・そうそう、上松さん、明るくて優しそうな人やったねぇ」
「でしょ笑。でも、これまで注目されてなかった薬草のビジネスを精力的に拡大された方でもあって、すごいやり手なんだよね。仲良くさせてもらってるけど、尊敬している人でもある」
「なるほどね。奈良の薬草も面白いねぇ」

 二人は会話を続けながら、窓に映る平城宮跡を眺めている。そこには夕暮れに色づいたススキが美しくたなびいていた。

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