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小説:コトリの薬草珈琲店 2-3

 バイトの佳奈と佳奈ママが準備を進めておいてくれたお陰で、なんとか11時の開店に間に合った。それから4時間、15時まで全力疾走。ランチ客とカフェ客をあわせて30名+α。まぁ、平日としては上々だろう。

 15時になると、佳奈は「貸し切り」の看板を店先に掲げた。本日は17時から店内で取材なのだ。取材のスタッフが来店するまで、琴音と佳奈は店の整理整頓を行った。軽く掃除をするつもりが、カウンターの細かいところ、薬草棚の後ろの部分など、いつもは掃除できていないところまで気になってしまい、せっかくだからと丁寧に掃除をする。あっという間に2時間が経ってしまった。

 17時になる数分前に、女性と男性の二人組が店へと入ってきた。
「こんにちは〜。シロクロ編集舎の久木田です〜」快活な女性の声が店に響く。
「こんにちは。お待ちしていました」と琴音が出迎える。
「今日は私とカメラマンの2名で来ました~」
 後ろの細身の男性がこんにちはと会釈する。
「いらっしゃいませ。荷物、好きな場所に置いてくださいね。」
「ありがとうございます。・・・へぇ~、素敵なお店ですね!」
「ありがとうございます。開店してだいたい2年になるんですよ」

 琴音は久木田さんと名刺交換をして、佳奈は夏の路を歩いてきた二人に冷たい水を差し出す。少し落ち着いてから席のポジションを決めることにした。久木田さんは入り口近くのカウンター席、琴音はその隣、ひとつ奥のカウンター席、佳奈はカウンター内の立ち位置で取材を受けることに。佳奈の参加は想定していなかったが、「取材に参加してみてもいいですか?」という佳奈の希望に、久木田さんが「ぜひぜひ」と言ってくれたので、急遽参加することとなった訳だ。

 久木田さんが取材を始める。
「改めて、今日はお時間いただきありがとうございます」
「こちらこそ、このお店を取り上げて下さってありがとうございます」
「というか、すみませんでした。昨日に急に取材のお願いしてしまって。」久木田は急なアポイントについて詫びた。今朝、琴音が天川村までクロモジの葉を取りに行ったのはそのためであった。しかし、もちろんその苦労は顔には出さず、琴音は「いえいえ〜」と答える。

 久木田さんはビジネスモードで説明を続ける。「メールでご説明した通り、弊社の自然派情報誌minoriの11月号で関西の薬草を使ったお店を紹介しようと思っていて、そこでときじく薬草珈琲店さんもぜひ、紹介させていただきたいと思いまして。というか、個人的にもずっと気になっていたんですよ〜。実は、やっと来れたっていうか。」久木田さんのトーンが少しあがる。
「そうなんですね、嬉しいです。」琴音も笑顔で返す。
「取材では大きく3つのテーマで話をお伺いしようと思ってまして。一つは、人気メニューも交えてのお店のご紹介。一つは、なぜ薬草珈琲店をはじめようと思ったのか。最後の一つは、家庭でもできるような薬草珈琲がもしあれば。そんなことをざっくばらんにお聞きできればと思っています。・・・今里さんのほうから、現時点で逆に何か質問などありますか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます。じゃあ始めますね」久木田さんはスマホの録音ボタンを押して録音を開始。そして、手短に、カメラマンに撮影アングルの指示を伝えた。
「ではまず、人気メニューをお見せいただきながら、店のご紹介をいただけますか?あ、もちろん、本日出していただく飲食代は全てお支払いしますので」
「ありがとうございます。では、店の説明から始めますね。このときじく薬草珈琲店は「薬草珈琲」という新しいコーヒーをテーマとしたお店です。日本では、実はたくさんの薬草や薬木が自生していたり栽培されていたりするのですが、ご存じですか?」
「色々と耳にはしていますが、あまり詳しくないです。薬草や薬木ですか」
「はい。簡単に言うと薬効を期待できる植物のことです。薬機法の関係で、本当は効果があると言ってはいけないのですけど。薬草や薬木ですが、一部、漢方薬の材料と重なっているものもあります。そういった植物をコーヒーと一緒に気軽に飲んでいただく形になります。ゴールというか、目指しているのは、そういった薬草木を楽しく日々の生活の中に取り入れて、自分たちで体調を整えて、未病を防いでいく生活というか、文化というか・・」
「なるほど。今里さんは、薬草珈琲という薬草・薬木の新しい楽しみ方を世の中に提案されていて、多くの人が薬草・薬木を使って病気になることを自分で防げるような、そんな世の中にしていきたい。そんな理解で合っていますか?」
「すごい。私が言いたかったことが奇麗に整理されてしまいました。ばっちりです」
「いやぁ、興味深いです。それが実現してしまったら、素晴らしい世界になりそうですね。いま問題になっている医療費の削減にもつながるというか。・・・では、こちらの人気メニューをいただいてもよろしいですか?私と、こちらのカメラマンにもお願いできますか?」
「もちろんです。佳奈ちゃんも飲む?」
「いえ、いつも飲んでるので大丈夫です笑。というか、私が淹れましょうか?」佳奈は前のめりだ。
「あ、いいね。久木田さん、バイトの佳奈ちゃんが淹れる形でも良いですか?」
「えっと・・いや、むしろいいですね。店長さんだけでなくスタッフの方も素敵だってことは、結構アピールポイントになるんで。井上君、写真よろしくね。」カメラマンは伊藤君と言うらしい。
「了解しました。コトリさん、クロモジ珈琲でいいですよね?」と、佳奈が聞く。佳奈は凛の影響で、琴音のことをコトリと呼ぶ。
「うん。今朝のクロモジでお願い。」と琴音も答える。

 佳奈の作業をカメラマンが撮影するのと並行して、琴音は久木田さんにクロモジを見せてみる。もちろん、早朝に天川村で入手したものだ。
「葉っぱをちょっと折ってください。それで、香りを嗅いでみてもらえますか?」
「ふむふむ。ん?え、わ~、すごーい。なにこれ〜。すごくいい香り!」久木田さんのテンションはさらに高まったようだ。
「でしょう笑。クロモジの枝などは和菓子を食べる時に使う楊枝として有名ですが、薬草茶の世界ではクロモジ茶も有名だったりします。クロモジ珈琲は、そんなクロモジの香りを殺さないように、酸味も苦みも弱めのデカフェと一緒にブレンドしているものなんですよ」
「へぇ〜、めちゃくちゃ楽しみです。このクロモジの薬効って、何かあったりするんですか?」
「胃腸の不調の改善が得意と言われています。あと、抗菌・消炎。また、香りの良い薬木なので、なんだか気・・身体のエネルギーが滞っているなぁという人にも良いと言われています。法律のことがあるので効くとは言えないのと、人によって効き方が異なるので、絶対このように効くとは言えないので、説明が少しまどろっこしくなってしまうんですけどね」
「分かります。さっきの薬機法のことですよね。まぁ、今回の特集で紹介するお店は、いずれもそういった難しいテーマを取り扱われているお店なので、私も理解していきたいと思っています」

 話をしていると、佳奈がクロモジ珈琲を運んできた。久木田さんと伊藤君の手元に配置。久木田さんは香りを嗅ぎ、ひとくち口に含み、クロモジ珈琲を味わい始める。笑顔や驚きの顔。そんな彼女のポジティブな反応を見ながら、琴音と佳奈は目を合わせて、笑い合った。カメラマンの伊藤君も「美味いです」とか言いながら飲んでくれている。

「そうだ、今里さん。これまでの経験で、薬草が効いた!という分かりやすいエピソードをお聞きしてもいいですか?」久木田さんが鋭い質問を投げかけてくる。
「そうですね、この店は、そういった生活を提案するという入門編の役割をしているだけなので、薬草珈琲で体調が良くなった、というのは正直ないです。でも、薬草だけで言えば、たくさんエピソードはありますよ」
「すごい。いくつか教えてもらってもいいですか?」
「ハトムギを数か月続けた方が首のイボがとれたとおっしゃっていたりとか、大和当帰をしばらく摂っていた方が基礎体温が上がってしまったとおっしゃっていたりとか。分かりやすい効能では、クマザサで食べ過ぎた後のおなかがすっきりしたりとか、ウコンのお茶で暑くて眠れない夜が眠れるようになったりとか。ウコンは中医学では身体の余分な熱を取り除く、と言われているんです」
「へぇ~、色々あるんですね」
「はい。中医学やアーユルヴェーダ、自然療法、アロマテラピー、メディカルハーブなど、色々な流派はあるんですけど、それぞれしっかりとした学問なんですよね。そういった知識があると、より、自分に合った薬草を選びやすくなるっていうか。・・・そうそう、本当はお婆ちゃんの知恵みたいなそれぞれの地域に伝わっていた伝承的な知識も無視できないんですけど、勉強するのは大変だったりします」
「そのあたり、奥が深いですよね〜。でも個人的な意見ですけど、ちょっと奥が深すぎるというか、普通の人には少し手を出しづらい領域というか。そんなのってありません?」
「そうなんです。だから、薬草珈琲をお出ししているんですよ。例えば、冬に棗ショウガ珈琲を飲んでいただいて、ショウガっていいかもって思ってもらえたら、その人にはショウガを使った料理などもお勧めできるじゃないですか。薬草のある生活の入り口として薬草珈琲が役立てたらいいなぁと思って・・」
「そういうことか。そういうことですね。やっと理解できました。素晴らしい。今里さん、本当に有意義なことをされているんですね」
「いえいえ、そう言っていただいて嬉しいです。」久木田さんに全てが伝わった感じがして、琴音は笑顔となった。使命に生きる琴音にとって、自分のしていることへの共感者は必要な存在だ。琴音は、久木田さんとの会話を通して、彼女も大切な共感者の一人だと感じることができた。

 二つ目のテーマは“薬草珈琲店をはじめたきっかけ”だったが、早朝に天川村で谷村さんに同じことを聞かれたので、おおよそ同じ流れで説明した。ただ、話の流れで、久木田さんは佳奈に話を振った。
「佳奈さん・・で良いですか?佳奈さんは、どうしてこのお店で働こうと思ったの?」
「私っすか?はじめは、お母さんが・・・お母さんもこの店で手伝っているんですけど、面白いよ〜と私に勧めてくれて。お母さんは、私がエコだったり、エシカルだったりに興味があることを知っているんで。それで、薬草で体調を整えるってお医者さんみたいでカッコいいなと思っていたんですけど」
「ですけど?」久木田さんが合わせる。
「いま、世の中って、お医者さんに出来るだけかからないように、未病の段階から体調管理をする方向に向いてきてるじゃないですか。そういう意味では、このお店って最先端だなって思っているんです。奈良の古い街並みの中にあるんですけど。そのギャップがお洒落っていうか」
「確かに、ちょっと失礼かもしれないけど、そのギャップはお洒落よね。」久木田さんもうなづく。「東京にはこういったテーマに関心のある人もたくさんいて、私はそれを知的富裕層って呼んでるんですけど、minoriもそういった知的富裕層をターゲットにしているんです」
「知的富裕層っすか。でもなんか、そんな人たちと私も話が合いそう。」佳奈の目も少し輝く。
「うん、きっと話が合うと思う。機会があったら是非、お話をしに行ってみてくださいよ」

 取材は楽しげに進んでいった。しかし一方で・・・このあたりから琴音はエネルギー切れとなってきた。早朝から往復4時間弱のドライブを行い、今朝の散策ではスキンシップの好きな古樹の不思議現象を初体験し、店に着いてからも4時間ほどの店舗営業を駆け抜けて、2時間の掃除。17時からも頭を使いながら取材に返答。

 これが琴音にとって大事な使命の一環だったとしても、体力にも限りがある。限界が近づいてきたことに気づいた琴音は、省エネモードでその後の工程に対処することとした・・・もちろん、取材に来てくれた人たちには失礼のないように。

 取材は三つ目のテーマ(家庭で簡単にできる薬草珈琲)へと移り、琴音はいくつかの薬草珈琲を説明した。甘いお菓子に味も合ってデトックスにも良いスギナ珈琲。香りの良い薬草珈琲の定番、クロモジ珈琲。朝食代わりにもなる、インスタントコーヒーを使ったハトムギきな粉ラテ。もちろん、スギナやクロモジ、ハトムギは購入しなくてはならないけれど、それさえあれば簡単に淹れられる、夏にも美味しい薬草珈琲たち。

 久木田さんは疲れも見せず、終始、目を輝かせながら話を聞いてくれた。改めて、こういう人と知り合えて良かったと琴音は思った。

 取材が終わり、薬草のことをもう少し勉強してみたいと言う久木田さんに宇陀の薬膳教室や薬草教室のお誘いをしたり、その他の世間話を軽くしたりして、取材は終了した。久木田さんと伊藤君は満足げな顔をしながら店を出て行った。

「コトリさん、大丈夫っすか?今朝から全力疾走だったじゃないっすか。」琴音の体調の変化に気づいていた佳奈が、心配そうな顔で琴音を見つめる。
「佳奈ちゃんありがとう。さすがに今日はもう無理かも」
「良かったら、はちみつときな粉とシナモンのラテを作ってあげますよ。それと、余ったキウイひとつ食べますか?」そう言いながら、佳奈はカウンターの調理台に向かっていった。
「佳奈ちゃんありがとう。それ、晩御飯としていただくよ。」そう言うと、琴音はカウンターの上で腕を組み、そこに顔を埋めた。

 夏のならまちには夕闇が迫り、通りにも人影は少なくなっていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 店を閉め、なんとか自宅に戻った琴音。しかし、着替えをする余力もなく、電気だけ消して、そのままベッドの上に倒れこむ・・・すぐに深い眠りに落ち、琴音の身体は回復に向けて全力で休息を始めた。深いレム睡眠の後に、浅いノンレム睡眠。それをいくつか交互に繰り返し、心身の疲れを癒していく。

 ここ数年のことではあるが、このように疲れ果ててベッドに倒れこんだ日には、同じ夢を見るようになった。ストーリーのある夢というよりは、ひとつの情景だけを切り取ったような夢。

 -----燈花会のような無数の灯りに照らされた夜道を走っている情景。美しい視界とはうらはらに、心は不安で押しつぶされそうになっている。目の前にぼんやりと見えるのは、自分と同じように走る二人の男の子。かごめ・・・という呼び声が聞こえるような気がする-----

 たったそれだけ。たったそれだけなのだけど、夢中の琴音の心は動揺し、そして、自分にもすべきことがあるような感覚になる。何の夢だろう。また、「かごめ」とは何のこと?わらべ歌のかごめとは違う気がする。その答えはまったく想像できないけど、自分にとって大切な夢であるような気がする。いつかは、この夢の意味を理解したい・・・琴音はそう、夢の中でいつも考える。

 しかし夢の中の思考は続かず、睡眠の闇がすぐにそれらを飲み込む。・・・やがて朝日に目覚めを促され、夢の中のイメージと感情は忘れ去られていく。そして、いつもの日常がまた始まるのだ。

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