河村尚弥

東北地方出身の50代。 小学生の頃に強迫性障害を発症、多くのドクターに重症と言われました。 多くの治療を受けて回復し、日本で初めてNPO法人格を取得しての強迫性障害の当事者会を運営。児童養護施設に勤務していた経験もあります。

河村尚弥

東北地方出身の50代。 小学生の頃に強迫性障害を発症、多くのドクターに重症と言われました。 多くの治療を受けて回復し、日本で初めてNPO法人格を取得しての強迫性障害の当事者会を運営。児童養護施設に勤務していた経験もあります。

    最近の記事

    治療と私➁いくつか通院してみていた時期

    皆様、こんにちは。河村尚弥です。 職場近くの病院にいくつか通院してみるが、効果がなく…その後、私は実家から100キロ離れた街にある児童養護施設に生活指導員補助として勤めました。 その頃も症状は激しかったです。 一つよかったことは、近くに病院がたくさんありました。しかし、なかなか回復へは向かいませんでした。 あるクリニックに三ヶ月くらい毎週通いました。医師は穏やかな方でにこやかに15分近く話を聞いてくれます。 終わると待合室まで一緒に歩き見送ってくれますがそれだけなのです

      • 治療と私① 家から出られず寝込む日々

        こんにちは、河村尚弥です。 今日からのブログは、少し具体的なエピソードも交えながら書かせていただきます。よろしくお願いします。 部屋の窓から季節の移ろうのを見て焦る私は強迫性障害が重くなり、20代半ばから自宅からの外出ができなくなりました。 まわりのものがすべて不潔に感じ、触ることができませんでした。物が触れないのはとても強い恐怖です。 何も触れなくなった私は寝ているしかありませんでした。でも、布団も不潔に感じてしまい、体をくの字にして寝ていたり、布団から出て寝袋に寝たり

        • 訓練の仕方その3 認知療法と認知行動療法

          こんにちは、河村尚弥です。 今日は強迫性障害に対して認知行動療法からの訓練の仕方を書かせていただきます。よろしくお願いします。 私は2002年から約3年間、「認知療法寄りの認知行動療法」を受けていました。 認知療法とは認知療法は米国・コーネル大学のアーロンベック博士が、うつ病の治療のために考案しました。 日本には、アーロンベック博士から学んだ大野裕先生(慶応大学(当時))が2000年頃に帰国され、導入されました。 認知療法では状況や気分に着目し、自動思考やスキーマを治療

          • 訓練の仕方その2 森田療法

            こんにちは、河村尚弥です。 今回は、「訓練の仕方その2」を書かせていただきます。よろしくお願いいたします。 森田療法森田療法は1920年頃、20年の年月をかけて森田正馬(まさたけ)先生が一人で考えられた療法です。 (森田正馬:1874年(明治7年)〜1938年(昭和13年))   当時森田先生は「神経質症に対する特殊療法」と呼んでいましたが、後年弟子たちが「森田療法」と呼ぶようになり現在に至ります。   森田療法は、強迫性障害、パニック障害、社交不安障害に有効と言われていま

            4月から相談会を行います。

            このブログを書いてきました河村が、4月から個別相談をお受けいたします。 ウイズタイムハウス強迫性障害相談室 強迫性障害/強迫症の当事者・ご家族・恋人のための、ピアカウンセリン 【個別相談会のご案内】2021年4月12日より、月、火、木、金、午後2時~午後5時の間で個別相談会を開催します。(2時〜、3時〜、4時〜、) 時間 45分 費用 5500円 お支払い 個別相談会の3日前の16時までに口座へお支払いください。 指定銀行 ジャパンネット銀行 ビジネス営業部支店 普

            行動療法のお話の続き

            こんにちは、河村尚弥です。 前回のブログで、行動療法の中でも特に強迫性障害に有効な方法である「曝露反応妨害法」について説明をしました。 今回は、今までのブログでご紹介してきた、私が若いころ経験した症状を例にあげて、曝露反応妨害法でいえばどんな対処方法があったかを書きたいと思います。 現在の私からー手洗いが大変で止まらなかった時は、強迫観念にだまされないで手を洗うことをあえてしないことが大切です。(反応妨害法)前回のおさらいですが、症状を改善させるためには、苦手と感じてこれま

            強迫性障害の対処法①行動療法

            こんにちは、河村尚弥です。今日は強迫性障害に対する対処法、トレーニングの方法について書かせていただきます。よろしくお願いします。 前回、私の経験談として書きましたが、私自身は九州で6ヶ月間の行動療法、静岡で6ヶ月間の森田療法を受けてきました。また、東京では3か月の入院、3年の通院で認知行動療法を受けてきた経験があります。これらの治療現場で多くを学ばせて頂きました。 強迫性障害の治療には、行動療法は有効です。「強迫性障害の治療ガイド」( 飯倉康郎 P3)には、積極的に行動療

            治療につながるまで

            こんにちは、河村尚弥です。 今日は私がどのようにして行動療法、森田療法、認知行動療法につながったかを書かせていただきます。よろしくお願いいたします。 治療方法が見つからないまま、仕事もできない状態に児童養護施設に勤めている中でも、日増しに症状は重くなっていきました。なんとか治りたい思いで、お医者さんを変えていきましたが、その頃、強迫性障害の話をしても医師に理解してもらえない時代でした。 前回のブログでも少し書きましたが、当時、薬物療法では、SSRIがまだ日本にはなく、アナ

            さまざまな強迫症状

            こんにちは、河村尚弥です。 東京は少し暖かくなり、梅も開花して、春らしくなってきました。 今日は私が20代半ばからさまざまな強迫症状に苦戦したお話です。 どうぞよろしくお願いします。 強迫症状はすべて感覚・イメージの世界で起こっている道路を歩いていて何か欠けたものを見たり、ガラスの破片や瓶の破片のようなものを見た時に、ガラスがズボンのすそにくっついてきて、家の中にも破片が入ってくるような危険な感覚に陥り苦しんでいました。 見えはしないのですが、すべては、感覚の中で起こっ

            疾病恐怖のこと その2

            こんにちは、河村尚弥です。今日は疾病恐怖の続きを書かせていただきます。よろしくお願いします。 疾病恐怖が強くなっていた20代の頃22歳の頃、児童養護施設に勤務しました。その頃、なぜかいろんな病気がうつる感覚、観念がとても強くなりました。 そんな中、外国製品が全て使えなくなりました。 商品のラベルを確認するのですが、メイドインジャパンでないと使えなくなりました。 それは当時、流行り始めたある感染症が、最初に外国人に起こったことによります。それで、外国人とすれ違っただけで全

            疾病恐怖

            河村尚弥です。今回は疾病恐怖(しっぺいきょうふ)について書かせていただきます。よろしくお願いいたします。 社会人になった頃に加害恐怖に困っていたことは前回書かせていただきました。 小学生の頃からの確認強迫、高校生からの不潔恐怖にも大変苦労していた時に、加害強迫、そして、次に疾病恐怖に苦しみました。 その頃、車の中の消毒があまりにも止まらずに、車を捨てようかなと思ったほどに、強迫症状がしんどかったです。 「病気になるのではないか」という不安  ある日突然、当時注目され

            加害強迫

            こんにちは、河村尚弥です。 今日は高校を卒業してから加害恐怖に困ったことを書かせていただきます。よろしくお願いいたします。 車に乗るようになっても様々な症状が…強迫症状で大変でしたが、高等学校を卒業しました。 会社員になり、半年後に中古車を購入しました。私の田舎はバスや電車が発達していなかったので、車が必要でした。 今度は車の中を消毒することが止まらなくなりました。 外は跳ねっ返りのしぶきに不潔感を感じて自分では洗えずに洗車機で洗いましたが、強迫の症状から「汚れている感覚

            高校時代のこと その4

            皆さん、こんにちは。河村尚弥です。 今日の東京は天気がよく、気温も上がりました。 今回も、高校生の頃のことを書かせていただきます。よろしくお願いします。 使用する消毒液が濃くなっていく前回までのブログで、高校時代、不潔恐怖症で身の回りが全て汚れている感覚に陥ったという経験を書きました。 高校2、3年生になると益々、消毒がエスカレートしていきました。 父親の園芸用の噴霧器を背中に背負い消毒液を家中に噴霧していましたが、その消毒液の濃度がどんどん濃くなっていきました。 説明書

            高校時代のこと その3

            こんにちは、河村尚弥です。 今回も、前回の続きを書かせて頂きます。よろしくお願いいたします。 風呂を洗って自分を洗ってまた風呂を洗って…の繰り返しエタノール消毒液が3日くらいしか持たなくなったので、「逆性石鹸液」という消毒液を購入し、水で薄めて使いました。 床、畳、カーペット、ドアノブ等をとにかく消毒しました。 お風呂を洗うと自分にシブキが跳ね返る感覚に陥りました。シャワーを浴びると今度はお風呂が汚れる感じに陥り、また風呂掃除をしました。何度も繰り返すのでとても疲れました

            症状のなかった中学時代、手を洗い続けた高校時代 その②

            こんにちは、河村尚弥です。 今日は、前回の続きを書かせていただきます。よろしくお願いいたします。 中学時代に強迫症状が出なかった理由前回、「陸上部に入っていた中学時代は症状がほとんどなかった」と書きました。 それは、陸上部がとても厳しかったことに加え、学校そのものが掃除、自習などのとりくみにも気合が入っていて、学業も文化祭なども活発な、活気のある厳しい学校だったことも影響していたのではないかと考えています。 昔、「強迫性障害の人が軍隊に入ると、症状がよくなることがある」と

            症状のなかった中学時代、手を洗い続けた高校時代

            こんにちは、河村尚弥です。 今回は中学生の頃と高校一年生の頃を書かせていただきます。 よろしくお願いいたします。 中学の間は、強迫症状はほとんどなかった 中学校に入り、陸上部に入部しました。 全国大会で入賞者を出すような部だったので、練習はとても厳しかったです。 しかし、私にとっては練習が厳しかったことが幸いしたようで、中学の三年間は、強迫症状にはほとんど苦しめられませんでした。 例えば、スタートダッシュの練習で指をトラックにつかないといけません。 そして、スタートの