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歴史の幕引きと強烈な映画体験を #映画館の思い出

2014年、とある映画館がその長い歴史に幕を下ろした。
閉館を間近に控えた期間、劇場ではあるキャンペーンが行なわれていた。
内容はそれまで劇場の歴史の中でスクリーンを彩ってきた歴代の名作映画を歴史ある一番大きなスクリーンで再上映をするというもの。世界的な数々の名作を大画面で堪能できる豪華なラインナップのイベントに、映画ファンや各作品のファンはもちろん劇場自体に思い入れのあるファンたちが数多く足を運んだ。

上映されるラインナップの中には、僕が「映画が好き」と思うようになったきっかけの作品もあった。

『羊たちの沈黙』
多くの人に愛され、続編や関連作品、ドラマ版など今でも愛され続けている名作です。
当時まだ中学生だったと思う。
両親共によく映画をみる人で、定期的に映画にも連れて行ってもらったし家でも映画を楽しんでいた。母親はミステリーやサスペンス映画によくハマっていて、街のレンタルショップでVHSやDVDを借りてきていた。
「羊たちの沈黙」もその中にあった作品で。
R指定があるものでも、僕が興味があるものは母の立ち合いの元で観せてくれる人だった。
(こう書いたのはR-15指定だった気がしたからだったけれど、調べてみたらPG12だった。意外とそんなものなのか、時代による基準の変化なのか。)
しかし僕はそれだけでは足りず、しばしばひとりで観たくて僕は母の居ぬ間にコソコソと隠れてレンタルショップの袋から拝借したそれらの映画を繰り返し目にしていた。「羊たちの沈黙」もそんな隠れて楽しんだ作品のひとつだ。

当時は作品のグロテスクさの方に目がいったけれど、それだけではないとも感じた。
ひどく頭のキレるレクター博士の妖しさと、途中移送されるシーンで逃亡防止用のベルトで何重にも身体を拘束される姿には、厨ニ病オンタイムだったこともあり惹かれまくっていた。
終始薄暗く緊迫したストーリー自体も言語化出来ない衝撃を受け、グロテスクな描写が「怖かった」以外も含んだ複雑に感情が入り組み、そんな鑑賞後の後味に強烈に引き込まれていた。

「映画って、面白い。」

親の目を盗んで再生ボタンを押し、見入ったおよそ2時間はその後の僕のかけがえのない2時間になった。そして再上映に訪れたこの日の2時間もまた、僕にとってかけがえのない2時間になる。


古い劇場に足を踏み入れ、「映画が好き」だと思わせてくれた作品に再会する。

大きなスクリーン、音響設備。
冗談でなしに、僕はこの作品を「一生映画館で観れないんだな」と思っていました。
他にも二度とスクリーンで観られないであろう作品はたくさんある。しかし映画が好きだと認識したきっかけの作品であればなおのことスクリーンで観てみたいという願望があった。

待望の二時間のラストシーン、ディーン・アンド・デルーカのデリを口に運ぶレクター博士を観ながら、頬を涙が伝いました。
「羊たちの沈黙」を知っている、観たことがある人はわかると思うけれど、感動して泣くようなタイプの作品ではないことはわかってもらえるのではないでしょうか。

この涙は単純にストーリーに涙したものではありませんでした。
思い入れのある作品を、自分を映画の世界に引き込んだきっかけの作品を、映画館で一生観られないと思っていたのに大きなスクリーンで観ることができたこと。
そしてそれまで何度も繰り返し観ていたのに、「レクターのクラリスへの思いは、こんなにも切なかったのか」と胸を締め付けられながら大きな画面で再確認できたこと。実家のテレビで、一人暮らしの自宅のテレビでしか観たことがなかった作品を、客席から観る映画作品としての引力をこれでもかと見せつけられたことへの涙でした。
中学生の頃に初めて観た時に感じた、「それだけではない」と感じた部分を体感し明確に認識できたことへのエモーショナルな涙だった。

テレビのちいさな画面で繰り返し観たものを、大きなスクリーンと音響設備で観るとこんなにも受け取る情報量が多くなるのかと、思い知らされた。

とても強烈な映画体験でした。



この日のキャンペーンに足を運んでよかった。
実はこの映画館で僕は大学生と卒業してからのひと月の間の3年間、アルバイトをしていたんです。

映画館でアルバイトを始めたきっかけは、当時登場したばかりの映画上映前に誰もが観ている「映画泥棒」に一目惚れをしてしまったことと、何か大学生らしいバイトがしたかったということ。映画泥棒の件は別途、いつか書けたらと思います。

上映中の待機時間で大学の課題や卒業制作の脚本を書いたり、映画館だからこそ集まった一風変わった同僚たちとの出会いなど従業員としての思い入れもある劇場でした。
映画館には欠かせないポップコーン。元々大好きだったこともあり、辞める頃には劇場で一番美味しく作れる自信があったほどです。朝、開場前に劇場内を見回るのですが、その瞬間が妙にドラマチックに思えてすごく好きで。幽霊の噂があるスクリーン、変わったお客様、舞台挨拶の思い出……

鑑賞後の余韻に浸りながら、アルバイトの思い出も思い浮かんできた。

今度こそ、きっともうスクリーンでこの作品を観る機会はないだろう。いや、それでも今回のような予期せぬ機会があるかもしれないと心のどこかで期待せずにはいられない。

映画館の帰り道でディーンアンドデルーカに寄りながら、「ああやっぱり僕は映画が好きだなぁ」と噛み締め、デリをひとつ買って帰るのでした。





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