義兄さんが良かった

朝早く、
姉からの電話が突然鳴った。

姉「今日、旦那さんとお見舞いに行くね〜」
僕「えっ！？ 義兄さん有給でも取ったの？」
姉「いや〜、今も家で仕事してるけど、今日はもともと祝日だよ〜！」

しばらく考え、思い出す。
あぁ、そっか、海の日だったか。

椎間板ヘルニアの術後、しばらく休職させてもらっている。
祝日の感覚がなくなっている自分に気づく。

曜日は通院のために覚えているが、
ふぅー。
祝日をすっかり忘れていた。

姉「もしもし？
　家にいるんだったら、旦那さんの仕事が一段落したら、そうだねぇ、昼過ぎぐらいかなぁ。
　そのぐらいに行くね〜♪
　あ！ また出る時、連絡するから〜」

姉の声が遠くに聞こえるような気がする。
聞こえてくる蝉の音が邪魔しているからではないようだ。

そろそろ職場復帰も近づいているというのに、
祝日も忘れるとは…。
世間から取り残されてるなぁ…。

電話を切ったあと、そのままベッドにうなだれた。

❉❉❉

近所にとても人気のケーキ屋さんがある。
フルーツを贅沢に使ったタルトで有名だ。
だがその分値段も張る。

近頃、10分ほどは車の運転もできるようになった。
それで、来てくれる姉たちのために、
その店で美味しいタルトでも買いに行こうと思った。

だが、今は休職中の身。
身の丈に合わせて慎ましやかにいこう。

❉❉❉

結局、さらに近場の、チェーン店のケーキにしたが、そんなことは重要ではなかった。

姉も義兄さんもそんなことを気にする人ではない。
二人とも、すごく喜んでくれた。

二人は、僕がコーヒー好きなのを知っていて、
豆をプレゼントしてくれた。

この豆が僕の好みかどうかが重要ではないのと同じだ。
僕のことを考えて選んでくれた気持ちが嬉しかった。

普段、まだあまり家から出られない僕のために来てくれて、

ただこうして
共に過ごせるだけでいい。

ささやかだが大きな幸せだ。

❉❉❉

義兄さんの仕事はDTPで特殊な印刷機を扱っている。
元は、僕と同じSEだ。

そして同じく、大のガジェット好きだ。※
お互いに、ガジェットの情報交換するだけでも楽しい。

※ガジェット
目新しい道具、面白い小物といった意味を持つ、携帯用の電子機器類を指す用語。
（Wikipedia より）

うちは家族が一緒になると、
それはもう、とてもうるさい。

他愛のない話に大きく花が咲いて、
ああでもない、こうでもない。
ノンストップだ。

昨日もやっぱりそうなった。

世話に来てくれている母も一緒になって、
それはそれは、大きな大きな大輪の花が。

物静かな義兄さんは、
その横で一人静かにエスプレッソをすする。

嫌な顔ひとつせず、
ニコッとほほ笑みながら。

そしてひとこと。

「見ていると楽しくて、　　
家族っていいですねぇ」

❉❉❉

用事があるからと、
姉たちは1時間もせずに帰っていった。

急に家が、
ポッカリと静かになった。

義兄さんは祝日でも仕事して、
納期に追われてとても忙しい。

うちから往復2時間弱。トータル3時間弱。
それなのに、暇を作って訪ねてきてくれた。

本当にありがたい。

❉❉❉

早いもので、
姉が結婚してから、かれこれ10年近く経つ。

二人は今も幸せそうだ。

僕は、義兄さんが怒っているのを
まだ一度も見たことがない。

機嫌が悪くなっているのすら、
ただの一度も。

うらおもてではなく、本当にそうなのだろう。
姉もそう言う。

普通は何年も経てば、
少しは短所も見えてくるものだが。
すごいな。

義兄さんは、
姉の体調が悪くなっても、
1ナノも迷うことなく結婚してくれた。※

どうすれば、
そんなに泰然自若と
していられるのだろうか。

片付けの手を止めて、
義兄さんが飲み干して帰ったカップを眺めて思う。

「見ていると楽しくて、　　
家族っていいですねぇ」

僕の兄が、
義兄さんで本当に良かった。

それではまた！ Ciao ciao, a dopo!
Naonardo でした。

※ナノ（nano, 記号: n）は国際単位系 (SI) における接頭辞の一つで、以下のように、基礎となる単位の 10−9倍（= 十億分の一、0.000 000 001 倍）の量であることを示す。
（Wikipedia より）