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プロセスの質がプロダクトを決める:アートと食事

私は、’ソマティック教育やスピーチコーチング、アートといった分野に携わっていますが、栄養士の資格も二つ持っていて、食材選びに勤しみ、自分で発酵食品を作ったり、野菜を育てたりすることも大好きです。よく、「なぜ食べ物や食事療法にそんなに興味があるのだ」と聞かれることがありますが、実は食べ物とその人が創り出すアートや、日常での行動や言葉の選び方などが、深く関わっていると思うからです。私にとっては、食べ物を考えることは人生を考えることで、アートを考えることは食べ物を考えることなんです。
 
私は、発酵食品作りが好きなので、ケフィアからコンブチャ、ザワークラウトや他のピクルス類は常備、お味噌も作っていますし、農家で捨てられそうになっていた数多くの緑のプチトマトを家に持ち帰り、赤くなるまで熟成させてソースにしたり、ハーブを育て、乾燥させてハーブティーにする過程が楽しくて仕方ありません。醗酵や熟成のプロセスには時間や手間がかかりますが、いざコンブチャが発泡して来たり、ケフィア株がムクムクを増えて来たり、ザワークラウトがジュワーと自分のラクトバシラス菌を引き出して来たりするのを見ると、嬉しくてたまらない。自分の視覚や聴覚、嗅覚で、彼らの変容を感じ取り、その生命力に心震えるのです。
 
この感覚は、自分の思想や哲学が全部ひっくり返ってしまいそうな演劇や、ダンスの作品に出会った時の感覚に似ています。そんなパワーのある作品は必ずと言っていいほど、醗酵や熟成のプロセスに時間をかけているんですね。例えば、フランスの太陽劇団は、劇団員が一緒に農場で生活し、一つ一つの創作期間に何年も費やす形態をとっています。また、アメリカの劇団エレベーターリペアサービスは、スコット・フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』が原作の『Gatz』という作品を作るのに、なんと十年も費やしたとか。それにこの作品、8時間という長い時間をかけて演じられるんです!

太陽劇団 ”Le Dernier Caravanserail (Odyssees)"《最後のキャラヴァン宿 オデュッセイア》
エレベーターリペアサービス 『Gatz』

醗酵や熟成のプロセスには、時間と手間がかかり、様々な制約に左右されることが多いです。演劇の作品を作り上げるプロセスは、ビジネスとして成り立たそうとすればするほど、時間が短縮され、結果、短い時間の中で次から次へと売れるプロダクトを押し出していくことになってしまいます。実験などしている暇がなくなり、創る手法が決まってきて、同じような作品、作風を繰り返してしまうというジレンマがあります。一つの作品に半年も何年もかけるという贅沢なプロセスは、経済的な理由もあって、今ではほぼ不可能に近くなって来ています。短い期間の中でもプロセスを大事にすることは可能ですが、そこには「売れなければいけない」という制約が関わって来るので、純粋にプロセスを楽しむというわけにもいかないようです。創造のプロセスに、こうした別のアジェンダや目的が入り込むと、プロセスに従事するのは難しくなるといえるでしょう。なぜなら、プロセスが一番楽しいのは、結果がどうなるかわからないからです。そこに創造の全てがあります。そして、どんなプロセスをどう通って来たかは、必ずプロダクトに現れます。 

演劇やダンスで言えば、稽古の期間中、あるいはその前の時間も含む全体のプロセスが、結果に滲み出ます。ああ、衣装と馴染んでないなとか、空間のことを意識に持ってきていなかったなとか、演出家と演技者の間で関係がうまく行っていなかったなとか、全部作品に出ます。ザワークラウトで言えば、キャベツを塩もみしている時の心理状態、手から出ているエネルギーはザワークラウトの味を左右します。人生で言えば、どう生きて来たか(プロセス)が、今の自分(プロダクト)のあり方に如実に現れます。

プロセスの質は、食べ物や健康、アートだけではなく、起こってくる一つ一つの出来事の質に影響を与えていきます。自分の体、思考、物事や人に向かう自分の姿勢、立ち振る舞い、言葉、何をどう選択し決断するかなど、人生全ての面に関わってくるのです。



 
 


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