見出し画像

出席簿#16「『ありがとう』作者に届け」

【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」

7月8日、月曜日。暑い日が続きますね。空を見上げると、いかにも夏の雲!薄い水色の空に夏の雲が浮かんでいるのを見ると、夏休みも近いな、という気がしてきます。皆さん、夏のご予定はお決まりですか?

美術室や理科室、音楽室に放送室。同じ学校でも、独特の匂いがする部屋ってありますよね。なんだか懐かしいし、なんだかワクワクする。もともと他の先生がやっている授業を見学するのが好きなのですが、特別教室での授業はとりわけ楽しく感じられたものでした。今回は美術室での一コマです。

『おしゃべりな出席簿』はこちらからお求めいただけます。

(品薄・品切れになりがちですが、数日で補充されます。ご了承ください。)

「『ありがとう』作者に届け」

音声で楽しみたい、という方はこちらからどうぞ。

ーーーーーーーーーー
美術室に入ると、木の匂い、油の匂い、ほかにも色々と混ざり合った、懐かしい匂いに包まれた。その日は美術の授業公開。机には丸い画用紙。緑、赤茶、水色、よく見ると、植物が描かれている。

「次の活動は、『鑑賞』です。では、立って」先生の言葉を合図に、生徒たちが机の周りを動き始める。一緒になって生徒作品を観ていると、「心を打った作品、『鑑賞文』を書きたいと思った作品の机についてください。浮かんだタイトルをシートに記入して・・・・・・」。

以前したおしゃべりを思い出す。「今度、作品評価の活動をするんです、タイトルをつけたり、感想を書いたり・・・・・・」。でも美術の感想って難しいのか、筆が進みにくいときも、とため息をつく先生。「『鑑賞文』、にしちゃうのは?評論家を気取って『この色彩が、・・・・・・を想起させる』なんて書くのも、楽しかったり」。

あのときの言葉が、早速かたちをあらわしている。生徒の活動が見たくて首を伸ばした矢先、先生が小走りにやってきた。手にはワークシート。ありがたく“授業資料”を受け取ろうとしたら、「一人欠席がいるので・・・・・・」、申し訳なさそうに見やった先には、ぽつんと空席が残されていた。

かくして、生徒に混じって背を丸め、小さな椅子に腰掛けることに。目の前の「作品」には、しずくのような流線の葉がいくつも描かれている。淡い緑が美しい。ペンを取ろうとしたとき、「あれ、こらこら」、隣の席の方から先生の声が飛んできた。「自分の作品の席じゃない」。顔を向けると、陽に焼けた男の子が苦笑いで頭をペコペコ。「入れ替わり、ましょうか」。席替えをして、私は彼の作品担当になった。

同じように植物を描いているのに、全く雰囲気が違うところが面白い。その作品は、葉が外に向かって力強く伸びていた。生命力あふれるこのタイトルは・・・・・・。

「はい、自分の席に戻りましょう」。あっというまの時間だった。難しかったけど、面白かったな。寄せられた鑑賞文を前にした生徒たちは、楽しそうに友だちとおしゃべりをしたり、一人照れ笑いを浮かべたり。でも、みんな嬉しそう。

何かに触れたときの感動、それを書き表すのは難しい。自分を見つめ、言葉にする時間。

でも、彼らは一生懸命書いていた。それは「誰か」に届けようとする言葉でもある。心揺さぶる作品を描いた「誰か」に対するありがとう。それが言葉となって教室を飛び交った。そうして生まれたたくさんの笑顔が、美術室をあたたかく満たしていった。

(2018/6/27 朝日新聞島根版掲載)

作品に寄せて

教員って多忙で、その結果、孤独になりがち……という話もよくありますよね。だけどというか、だからというか、おしゃべりの機会は大切にしたいなと思っています。ただ話すだけで充分なのですが、ときに、こうして「こういう授業面白そう!」という話になるときがあります。

授業が面白いかどうか、それは生徒が決めることではあるのですが、それでもやっぱり、教員がノって組み立てた授業は面白いような気がしてるんですよね。

ちなみに、この授業のあとは、絵を見て物語を書く、という授業もやりました。毎週木曜日は昔話コラムや創作小説を公開していますが、次回は、この授業に向けてサンプルとして書き下ろした短編小説を掲載する予定です。よろしければ木曜日の方もチェックしていただけると嬉しいです。

『おしゃべりな出席簿』はこちらからお求めいただきます。

(品薄・品切れになりがちですが、数日で補充されます。ご了承ください。)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?