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出席簿#08「寮に流れる不思議な時間」

【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」

5月13日、月曜日。
あいにくの雨となった週末でしたが
いかがお過ごしでしたか?

私はかつて勤務をしていた縁で、隠岐に行ってきました。数えてみると隠岐をあとにして、もう6年になります(といっても、実は当地で詩吟の指導をしている関係で、月に一回は海士の地に出かけているのですが、この話はまた追って……)。3年生を送り出して同時に離任したので、担任した生徒たちで大学や短大、専門学校に進学をした子たちも、だいたい就職しているころなのですが、何人か島に帰ってきたようで、今年に入ってからは嬉しい再会が何度か……。

さて、エッセイは、彼ら彼女らと一緒に離島での高校生活を楽しんでいたころの話。寮のある学校では、教員が交代で舎監を務めます。高校での仕事が終わってから、慌てて帰宅をし、今度は宿泊荷物をもって寮へ。もちろん担任をしている生徒の中にも寮生活をしている子はいるのですが、いつも見慣れている表情とは、どことなく違って見えるんですよね。そんな、寮での思い出です。

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「寮に流れる不思議な時間」

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時計を見つめる。勤務時間が終わるのを見届けて、今日はお先に失礼します。自然と気がせいてくる。職員室入口の鞄を取って、「持ち物ってこれだけでしたっけ」周囲の先生に尋ねると、「これもお願い」、郵便物を鞄に差し込まれた。「――さんが配る係になってるはずだから、よろしく」承知しました、ではいってきます。

うちに帰って、とりあえずお風呂。着替えと化粧品を詰め込んで、学校に戻る。はじめての舎監、寮での宿泊当番だ。

「今日は先生なんですね」「舎監デビューですね、頑張ってください」担任している生徒たちなのに、寮生活はあっちが先輩。不思議な感覚の中、セルフの夕食に手を伸ばす。「レンジはこっちですよ」「ありがと。台拭きはどこにあるのかな」わからないことだらけのなかで、夕食と点呼が終わった。

舎監室で本を読む。自習時間に数回見回って、また本を読む。舎監の夜は、なんだか長い。これまでも遠征や合宿はしてきたけど、そんな夜とも何かが違う。あの夜たちは、大会のことを気にしてる間に、流れ去ってしまっていた。

夜が更けて、そろそろ最終点呼と消灯。日誌を書いていたら、次々と生徒たちがやってきた。

「延灯します」「明日は遠征だから、一時間早く食堂を開けてください」前者は消灯後にも電気を灯して学習する生徒、後者は点灯前に出発する運動部員だ。そして彼らは口々に言う。「自分たちでやるので、先生は寝てて大丈夫ですよ」

いやいや、そういうわけにもいかないでしょう。笑いながら、だんだんと、わかってきた。これは彼らの生活なんだ。合宿や遠征といった非日常的イベントではなくて、「生活」。選びとった生活を送っている彼らは、自分の生活を大切に送っている。そして、周囲の人の生活をも大切にしようとしている。泊まる前はどんなに大変なんだろうと身構えていたのに、彼らはきちんと自分の日々を回していた。長い夜の中には、彼らの生活と、そして私の生活があって、それが少しずつだけ触れながら、それぞれの輪郭を保っていた。

学校でまたいつもと同じ朝。おはよう、今日も頑張ろうね。笑顔で返事をする生徒たちは、陽の光を背に、少し大人びて見えた。

(2015/5/27 朝日新聞島根版掲載)

作品に寄せて

寮に入るの、最初は結構緊張しました。教員として教壇に立っていることと、寮に入って生徒と一緒に生活することって、なんだか、求められるモードが違う、というか……。もちろんこれも人によるんでしょうけれど、私は仕事と私生活を分けたい方だったので、寝るまで生徒と一緒に過ごすというときに、どんな顔をしていいのか、わからなかったんですよね。いや、寮宿泊も仕事なので、そう割り切るということもできるかもしれないのですが、なんだか、不思議な気がして。

でも、エッセイに書いたような、生徒たちの配慮、というか、お互いの時間を大切にしようとする姿勢、みたいなのに触れながらこの勤務に慣れてくると、意外と寮にいるときの方が読書が進んだりして。

寮で1番思い出深かった夜は、3年生の担任をしていて、受験勉強のため年の瀬まで残りたいといった生徒たちの対応のために泊まった日でした。ほとんどが自分の学年、自分のクラスだけの寮。いつも以上に家族のような思いで過ごした年末の寮でした。

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