見出し画像

入手困難であることの大切さ~「マーレリアーナ」(船山隆著 21世紀音楽研究所)のこと

昨年末に発行された新刊「マーレリアーナ」(船山隆著 21世紀音楽研究所発行)を少しずつ読んでいるが、グスタフ・マーラーの音楽に関心を持つ向きには、これほど面白い読み物は滅多にない。

本書は、過去に発表された船山さんの原稿や論文や講義のアンソロジーなのだが、そこには日本の音楽界がマーラーの音楽をどのように受容してきたかについて一次資料をもとに著者が得た情報(とりわけマーラーの弟子で日本のマーラー演奏史に大きな足跡を残したクラウス・プリングスハイムについての記述は貴重)や、国際的なマーラー研究者のアンリ・ルイ・ド・ラグランジュやコンスタンチン・フローロスやドナルド・ミッチェル、作曲家の柴田南雄や諸井誠らとの座談会や対談も盛り込まれていて、大変興味深い。

それだけではない。特に刺激的だと感じるのは、船山さんがたとえばマーラーをストラヴィンスキーと比較して論じるときに、「作品の完成とは何か」という問題を考える際に、ごく自然にヘーゲルの美学やヴァレリーの詩学を援用していることで、それが画家ドガの絵にまで話は広がっていく――その融通無碍な思考のあり方である。

ちなみに本書は書店では販売されていない。
船山信子さんが送ってくださったおかげで私は幸い入手することができたが、これは本当にごく一部の人たちの間で秘密裏に流通している、出版社を介さない「私家版」の本なのである。
「あとがき」で船山隆さんは、「生涯最初の私家版の本で、できたらナンバリングを入れたいとさえ思っている」と書いている。つまり、誰が手にしたか知っておきたいくらいに愛着があるということだろう。

いまはインターネットによって、ありとあらゆる情報は公開され、検索され、シェアされる時代である。
「シェア」を平たく言うなら「他人のものは自分のもの」ということであろう。経験や回り道は簡単にショートカットされ、結果だけがシェアされ、情報を得るまでの苦労は侮蔑される世の中である。

そんな昨今に私家版の新刊が出たというところが、かえって反時代的で面白い。表4や奥付を見ると、こんなに立派な本なのに、バーコードやISBNもなければ、定価の記載すらない。

関係者だけの間で流通するマーラー本、と言ったら言い過ぎかもしれないが、あまりにも秘密のままなのはもったいないので、情報だけでもご紹介させていただいた。

追記(2021.5.16)
「マーレリアーナ」の入手方法が確認できました。
東京コンサーツの垣ヶ原さん宛てにメールでお申し込みいただければ、銀行振込で対応いただけるようです。アドレスはこちら。
kakigahara@tokyo-concerts.co.jp
送料込みで4,000円でお分けしているとのこと。
ご希望の方は、林田直樹のnote記事を読んだ旨、書き添えていただければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?