一緒に生きてはいけますか?【ジョージ・タウン, マレーシア】
こんにちは!
旅するライターのなおです。
コロナ禍で世界遺産のとりこになり、早2年半。
ついに、ようやく、やっと!
悲願だった海外の世界遺産たちに会いに行くことができました。
(世界遺産、私にとってはもはや友達なのです。)
最初に訪れたのは、『東南アジアの優等生』ことマレーシア。
マレーシアにある4つの世界遺産のうち、今回はペナン島北部のジョージタウンを訪れました!
たくさん魅力を紹介していくので、ぜひ私と一緒に、世界遺産の街を旅した気分になってくださいっ。
ジョージ・タウンってどんな場所?
ジョージ・タウン(George Town)とは、マラッカ海峡に面した、ペナン島北部の街です。
ペナン島は「東洋の真珠」と呼ばれ、日本人が多く住むリゾート地としても有名!
実はマレーシア、日本人の移住したい国ランキング14年連続で1位なんです。
ご飯は美味しいしそんなに辛くないし、人も温厚、日本企業の進出が著しい。日本食のお店もいっぱいある。そんなの、住みたくなっちゃうわけだ。
また重要な歴史として、マラッカ海峡に面していることから、古来より各国の商人が訪れ貿易をしていました。
ペナン島に移住した異国の人々が、長い年月をかけて創り上げたこの街がどんなものになったのか? それは……
宗教のるつぼ!
ニューヨークが人種のるつぼなら、ペナン島は宗教のるつぼと表現できるのではないでしょうか。
それは華僑の建てた仏教寺院だったり……
はたまたヒンドゥー教の寺院だったり……
はてにはイスラム教のモスクまで!
この時点で3つの宗教が溶け込んでいるのですが、驚くなかれ。
18世紀にイギリスがマレーシアを植民地にしてからは、なんとキリスト教も入ってきたのです!
そう、この宗教文化の多様性こそが世界遺産登録の理由なのです。
このハーモニーストリートを歩いていると、左手にイスラム教モスク、右手にヒンドゥー教寺院、かと思えば奥にはキリスト教会……と、自分がどこの国にいるのかわからなくなっちゃう。
だけど。
ここには当たり前に異なる文化を持つ人々がいて、それを当たり前に受けとめあっている。
時には争いもあったかもしれない。それでも、お互いの存在を知り、受容し、尊重してきたからこそ、これだけ多様な宗教建築物が現代に残っているはず。なんて素敵なんだ〜!
歩いているだけでワクワクが止まらない街、ジョージ・タウン。
それはペナン島に住む人々も同じだったようで……?
世界遺産の祭典、開いちゃいました。
地元が世界遺産となり、嬉しくて仕方がなくなったペナンの人々は、世界遺産登録を祝うお祭り"George Town Festival"を開催!
このとき招待されたのが、リトアニア出身のアーティスト、アーネスト・ザカレビッチ。
壁に絵を描くという彼のストリート・アートは人気に火がつき、ペナン島は一躍『アートの島』としても知られるようになりました。
変わり種には、パイプで形作られたアート作品も!
横に貼り付けてあるQRコードをスキャンすれば、英文の解説も読めちゃいますっ。
解説と見比べながらひとつひとつの絵をじっくり眺めていると、まるでとっても広大な美術館を訪れたようなワクワクが溢れてきました。うんうん、いいなあ。アートって素敵だ。
ちなみにこのストリート・アート、年々増え続けているようで。
全てをじっくり見て回るなら、3泊以上の滞在をおすすめします。2日では足りなかったのです……(2日目が雨でほぼ回れなかったのもあるけど)。
一緒に生きてはいけますか?
スマートフォン、あるいはテレビの画面越しに私たちが普段知り得るニュースは、そんなに明るいものじゃない。
パンデミック、武力侵攻、戦争勃発、略奪。宗教上のトラブル。経済破綻。通貨の下落。
日本を飛び出して、世界中から来た人たちと話すとき、各国の認識や偏見に気付かされることも多々。
「あ、日本って今世界ではそんな立ち位置なんや」
「本当は私、こんな風に捉えてたのか」
時折暗い気分になる中でも、このジョージ・タウンは、その街並みを持って示してくれました。
わかり合うことは、できる。一緒に生きていくことだって、不可能じゃないって。
争いが何十年も続いている地域がある一方で、こんなにたくさんの宗教が共存できた街があるんだから。
過去を生きた人たちにできたことが、私たちにできないはずはないよね?
人間は愚かだし何度も間違えるけど、過去から学ぶことも、歩み寄ることも可能なはずです。向き合うことをやめない限りは。
多民族国家マレーシアの、宗教のるつぼ・ペナン島。
世界遺産から、またひとつ希望を分け与えてもらっちゃった!
本当に素敵な街だったので、マレーシアを訪れる際はぜひ、ペナン島もご一緒に♡
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