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田中直子『日独伊親善図画』:都美セレクション グループ展2019 『星座を想像するように-過去、現在、未来』より

上野の東京都美術館にて開催中の「都美セレクション グループ展」。

2012年の東京都美術館リニューアルオープンを機に開始、審査を経て選ばれた新人アーティストに表現の場を提供する本展。

今回の記事では、そのグループ展に参加していた展示の一つ田中直子氏(東京藝術大学博士課程在籍)による『日独伊親善図画』を紹介したい。

1938年、日独伊防共協定を記念して、日本・ドイツ・イタリアの子どもを対象に作品を募った児童がコンクール「日独伊親善図画」が、森永製菓株式会社によって開催された。

1930年末、ヒトラー率いるドイツ、ムッソリーニ率いるイタリア、そして国際連盟を脱退(1933年)していた大日本帝國は、利害を調整しつつ、協定を結ぼうとしていた。

日独伊三国同盟が締結されたのは、1940年のことであったが、その頃、すでにこの三国は世界情勢の中で孤立。

枢軸国(日独伊)対 連合国(英米ソ)という構図のもと、世界全体が不穏な状態に陥っていくことになる。

このような混迷を極めた背景のもと、このコンクールには、日本(朝鮮、台湾、満州、南洋も)、ドイツ、イタリアの6歳から17歳の子どもたちの作品が集められた。

応募総数は、日本だけで約400万点。

そのうち日本の優秀作品を「親善図画」として選出。

これらは、1939年6月におよそ14万点ずつ、ドイツとイタリアに送られた。

それにしても、このコンクールへの応募総数は、かなり多い。

それは、このコンクールには、一人が複数枚応募することも可能であり、また名誉と賞金をかけて、応募に力を入れた学校も多かったからであった。

これらの絵画は、今回、美術館など、公的機関に保存されていたものを公開しているのであろうか。

一部はそうであるが、その大部分は、なんと個人の所有であったという。

例えば、田中氏本人が、親善図画を多数所有していたオーストリア在住のエヴァ・フリードリヒ・トマ(Eva Friedrich Thoma)さんに直接インタビューを申し込み、拝借したものが、本展では展示されている。

その他にも、イタリアのピナック財団(Fondazione PinAC)が所有していたものもあるが、これらの児童画は、戦後、蚤の市やマーケットに渡ったようであり、「気に入ったアート」として、個人が所有するようになったという。

作品の作り手は、有名なアーティストではなく、また所有者の多くも、長期保存・公開を目的とした公的機関ではない。

大きな歴史の波の中で、打ち捨てられていたものを拾い出し、意味を探求していくところに、田中氏の研究の面白さがあるといえよう。


その作品自体を見ていくと、意外にも、少女たちの遊び、相撲、屋台、百貨店と、楽しげな庶民の暮らしを描いたものがあることに驚く。

どうしても、21世紀を生きる私たちにとっては、1945年8月15日を戦前・戦中・戦後を分ける基準として考えてしまうため、この時代というと、灰色の物資不足のことをイメージしがちである。



といっても、1940年代に入り、戦況が悪化し、本土空襲が始まると、庶民の生活はますます悲惨なものとなっていったため、絵画に描かれた慎ましくも鮮やかな暮らしは、最後の戦前の「普通の暮らし」を描いたものだったのかもしれない。

もちろん、戦争色が濃く、カーキー色の軍服、日の丸、銃をモチーフにした作品もある。



作品の作り手である児童が実際に目にしたであろうと考えられる場面(出征など)もあるが、砲弾が飛び交う戦いの場を描いたものもある。


このような戦場を1930年代末の児童が直接目にしたとは想像し難いので、おそらく新聞やラジオなどの報道から描かれたのであろう。

ドイツ、イタリアの作品にも見られるように、この頃の国家の政策を意識した作品も散見される。

一体、何を描くことを国家によって期待され、何を描いてはいけなかったのか、このような作品の背景を解明していく余地があるように考えらえる。

また、日独伊親善図画は1939年に、東京府美術館(現在の東京都美術館 )で受賞作品の展覧会を行った。

つまり、児童画は、80年ぶりに「里帰り」したわけであった。

この今も精彩を欠くことのない児童画たちの数奇な運命に、感慨もひとしおの展示であった。



都美セレクション グループ展2019 『星座を想像するように-過去、現在、未来』

公式ホームページ:tobikan.jp

会場:東京都美術館 ギャラリーA

会期: 2019年6月9日-30日(6月17日休室日)

開室時間: 9:30-17:30 / 金曜のみ9:30-20:00

入場料:無料

参加アーティスト(50音順):加茂昂、スクリプカリウ落合安奈、瀬尾夏美、田中直子、中村亮一、平川恒太、古堅太郎


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