『疑惑』(1982)に見る俳優道~前編~
春の灯や女は持たぬのどぼとけ 日野草城
今回は、先日亡くなられた田村正和さん主演のドラマ(2009)と、原作と合わせて紹介。
夜、岸壁から一台の車が転落、割れたフロントガラスから脱出したのは球磨子(桃井)だけで、夫の福太郎(仲谷)は、引き上げられた車の中で、溺死していた。
この状況だと、事故か?事件か? といった展開になると思うのだが、今作は、はなから球磨子が福太郎を殺したのではないかと、警察はもちろん、マスコミや住民は思っていた。
その原因は、
・福太郎に三億円の保険金が掛けられていたこと
・球磨子は、泳ぎが達者であったが、福太郎はカナヅチであったこと
・球磨子の、普段の言動
ほかに、
・フロントガラスがきれいに割れていたこと
・車内に、スパナが落ちていたこと
そもそも、富豪の福太郎と、前科持ちのホステス、歳の差婚となれば、資産目当てだろうとなるところ、それに輪をかけて、憎たらしい言動なのだから、ある意味、自業自得で、
「いつかこんなことになると思ってました」と言われる始末。
なのだが、この球磨子という人物、評判通りの女なのか、桃井さんの芝居を観ていると、「疑惑」が浮かんできた。
告別式に、警察から戻ってきた球磨子を、姑(北林谷栄)は、激しく拒絶。だが、刑事の「遺体を見て、球磨子がどんな反応をするのか見たい」という言葉に、球磨子に敷居を跨がせる。
このときの、球磨子の反応が、これまで見たことも無い様子だったのだ。
よくあるのが、(本心はどうであれ)泣き崩れたり、気を失ったりといったものだろうが、このときの、桃井さんは違った。
桃井さんは、嘔吐きはじめたのだ。しかも、気分が悪いといった感じではなく、微かに微笑んでいた。
この場面が、球磨子の表情の変化で一番印象深かったのだが、ほかにもいくつかあった。これらを見ていると、球磨子は、自分に正直で、情で生きているのではないかと思った。
ちなみに、桃井さんは、アドリブをよくやるようだが、現場での思い付きではなく、前日からこうしたほうがいいのでは? と、考えてきたものらしい。
そんな桃井さんに対するのは、岩下志麻さん演じる国選の弁護士、佐原。この佐原も、なかなか嫌な女なのだが、球磨子が「情」の女なら、佐原は「理」の女。球磨子のことを見下しているようだ。
弁護士と依頼人の関係としては、いいとは言えないが、嫌なもの同士だからか、いい関係にも見える。
この関係性が、ラストのワインぶっかけにつながるのだが。
この球磨子のことを、世間は「鬼クマ」と呼んでいた。これは本名の鬼塚球磨子を短縮したものなのだが、これには、元になった事件がある。
1926年、千葉で起こった「鬼熊事件」がそれだ。
男の親しかった女が、別の男と交際していたことを知り、女と、その交際していた男、二人の仲を取り持った知人、女の働いていた店の店主を殺害。駆けつけた警官に重傷を負わせ、山中に逃亡。
と、まあ酷い事件であるには違いないのだが、驚いたのはこの先。村人たちが、世話になった容疑者の男を匿ったり、嘘の情報を流したりしていた。
さらに、新聞記者たちの前で、村人が用意した毒入りの最中を食べて自殺。
この容疑者も、その名前から「鬼熊」と呼ばれていた。
同じ「おにくま」でも、周りの住人からの評判は真逆である。
後編に続く・・・・・・。
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