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宇宙飛行士【中央線散文‐東小金井】

以前新宿駅について、散文を書いた。正直中央線なら東京駅からすべての駅について文章が書ける気さえする。東京で働いた7年、ずっと中央線沿いに住んだ。

吉祥寺について書くか、と思ったが大変長くなるので止める。比較的長期間住んでいたからだ(わたしの中では)。小金井はどうだろう。東小金井に住んだことがあった。わたしはやっぱり逃げてきたあとで、その少し前まで隣駅の日赤に短期間入院していて、病み上がりであった。

アパートの3階に、宇宙飛行士の壁画があった。意味が分からないかもしれないが、それは確かにそこにあった。白い宇宙服を着たヘルメット姿。何処かに降り立った直後らしく、誇らしそうに片手を挙げている。彼の周りには虹のようなものがカラフルに描かれていた。わたしはその絵を見たとき、ここが次の家か、と解ったのでその場で契約した。
帰宅すれば毎日、消え入りそうな照明に灯された例の宇宙飛行士が出迎えてくれる。そのときのわたしは仮にも中間管理職という立場で、その一年間のうち明るい時間に帰宅したことなどおそらく一度もなかった。そこに住んでいる間、なんだか不思議なものをたくさん見た。何人かが、わたしのその5畳半の楽園を見て、なんにも無い、と驚いていた。

だけど、そこにはなんでもあった。


給湯器が止まって、しばらく水で頭を洗った。冷たい振動。好きな文章を壁に貼ったら、びしょびしょになった。ポール・オースターが。浴室前の床に血の染みがついて、取れなくなった。

朝8時に駅のホームで毎日怒鳴る人がいた。そのまま線路に落ちれば彼は幸せだろうに、と本気で思っていた。うさぎがいた。胸が痛い。

そこは一応、東京都であった。新宿まで30分程度。朝の中央線は5分に一本。その街で考え事をたくさんして、それから全部を捨てて、UFOで海外に逃げた。運転は例の宇宙飛行士に頼んだ。彼は宇宙人だったのである。



【余談】
高尾方面、隣の武蔵境にある図書館は人生で一番のお気に入りだった。野崎歓も、ネルヴァルも、穂村弘も、光文社古典新訳文庫も読めた。

なんども、仕事など辞めてその図書館のカフェでアルバイトでもしようか考えたが結局何もせず、いつの間にか第二言語の習得に没頭していた。雪が降った日、そこにいた。



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