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アルゼンチン1985 歴史を変えた裁判の感想(ネタバレあり)

Amazonプライムビデオオリジナル作品。
最近のマーベル・シネマティック・ユニバースの殆どの作品に製作総指揮として名前が入っているビクトリア・アロンソが今作に製作で入っていて、そのつながりでルッソ兄弟がインスタで褒めていた記憶があったのでちょっと興味を持っていた作品だったけど観始めたら思っていた以上に傑作でビックリした。

歴史の重さと映画としての面白さ

アルゼンチンで実際に行われた非道な戦争時の犯罪行為の裁判の映画で、実際の記録を基にしていると思われる被害者の悲痛な証言の数々がとてもショッキングで苦しい。

だからこそ、その悲痛な叫びを無かったことにさせまいと必死に闘った人々の記録を残している事自体に意義があるし、しかも劇映画として無類に面白い作品になっていて素晴らしかった。

そしてもちろんロシアによるウクライナでの戦争犯罪とも重なる様に見える作りにもなっていて、今作られる意味も凄く感じる作品になっていた。

上映時間も配信限定作品にしてはちょっと長めだし、扱っている題材も重いし、描き方によってはお堅い印象の作品になりそうな気もするのだけど、セリフなどに頼らない映画的な演出が上手いし、かなりコミカルなシーンも沢山あって、観ているこちらを全然退屈させない作りになっていて、それがまず凄い。

裁判が始まる前にTVで国土安全保障長官が、軍の犯罪行為をフォローするような事を言うシーンがあって、それに呆れてTVを見るのをやめフリオがベランダで煙草をしばらく吸うのだけど、そこで他の住まいを眺めているとみんな自分たちと同じTV番組を見ていて、いつの間にか行方不明の娘の帰りを待つ母親のインタビュー映像に変わっている。
そこでハッとなってリビングに戻り家族と一緒に被害者の悲痛な叫びを前にするのだけど、このベランダからの光景だけでアルゼンチンの人々がみんな被害者に共感して「正義」を待っている様に見えるという説明的じゃない映画としての演出の巧さにやられた。

そしてこの番組のタイトルである「二度と再び」という言葉が繰り返されるラストの伏線回収とかもめちゃくちゃ感動するし、そのラストの論告が終わった後の傍聴席の人たちの反応が実際のものと思われる映像と合わさって見せてくる演出も、今も世界で結局繰り返されている戦争による犯罪行為と繋げて考える様な効果がある気がしてそこも素晴らしかった。

他にコミカルなシーンも良くて、特に好きなのは映画中盤でヤケクソ気味にフリオが法廷でやる面白ジェスチャーシーンに凄く笑ったのだけど、エンドクレジットの写真でマジでやってて更に笑った。

フリオ・ストラセラ検事

最初の色んなものに疑心暗鬼でかなりビクビク暮らしている描写で、これから彼に起こる事がいかに大変な事なのかを予感させる。
繰り返し登場する狭いエレベーターに乗るシーンが彼が自分の意志とは関係なくどんどんヤバい状況に運ばれていく感じがしてとても不穏。
と、同時にあの手この手でなんとか先延ばしにして逃げている感じがちょっと滑稽にも見えるバランスで可笑しい。あまりに嫌過ぎて仕事しないでずっと音楽聞いて現実逃避しているのとかかなり共感してしまった。

それでも奥さんの説得等で渋々ながらなんとか動き出し、副検事のルイス・モレノ・オカンポや初めて一緒に仕事をする若者達との出会い、そして被害者達の生身の悲痛な叫びを聞くうちに覚悟を決め、ラストの素晴らしい論告シーンに全てが集約されていくのがめちゃくちゃ感動的だった。
論告前のチームで自分たちがどういう言葉を残すのか?を必死に考えるが姿がすごく良くてロッキーとかとも通じるトレーニングシーンみたいで熱い。「英国王のスピーチ」のラストとかも連想した。

そして映画に出てきた人達の顔が浮かんでくるような、論告の内容の圧倒的な正しさ。「暴力」による罪を圧倒的な「正しさ」でこそ圧倒するカタルシスの素晴らしさ。ビクトリア・アロンソもインタビューで答えていたけど、今の時代に相応しいヒーロー映画にもなっていると思った。
彼の家族、若いスタッフ達、印象的だった証人の人達等、その場で固唾を飲んで見守る人達の表情の切り取り方も素晴らしくて彼が最期にいう「二度と再び」の言葉で堰を切ったようにそれぞれの顔が喜びに変わる所でそりゃ泣いてしまう。
ちょっとだけ涙目になりながら裁判を一旦休廷する裁判員の顔もまた良かった。

ルイス・モレノ・オカンポ副検事

副検事になる軍関係者の家族がいる彼を最初認められず、わざと名前をなかなか覚えようとせずに、違う名前を言う度に「いや、オカンポです。」と本人が言い直すくだりが最初にあるのだけど、彼の意見の正しさを認めたタイミングで「気に入ったよ、モレノ・オカンポ」と認識するシーンがコミカルだし、ここも映画演出として上手い。
娘の彼氏の家系がちょっと軍と関係ありそうなだけで騒いでいたフリオが、彼の「正しさ」をこそ認めて意識が変わっていくのが表情一発で分かるのが凄く良かった。

考えが変わる事がないと思われていた母親が証人達の証言を聞いた後、彼に電話をかけてくる場面もグッときた。「あなたは正しかった」という言葉を聞いた時の彼の表情で落涙してしまった。

若者達

ルイスのアイデアで集められた若者スタッフの面々も、みんなそこまでそれぞれにスポットが当たる訳ではないけど、しっかり印象に残るキャラクターばかりでとても良かった。彼、彼女らとチームになったタイミングで、映画がとても軽やかに動き出していく様な感じで、最初の頼りない印象から徐々に好きになっていく描き方になっていた。

新しい時代を作っていく裁判だからこそ、彼、彼女らが必死に頑張る姿が胸を打つし、弁護側のおっさん達が完璧に舐めている中で必死に証拠を集め、証人を呼び、一泡吹かせる過程が痛快。

特に受付嬢(みたいな位置の人なのかな?)のジュディが好き。
ドライな印象だった彼女が証拠の写真に写った遺体の靴と自分の靴を見て思わず泣きだす所が、シーンとしては小さいけどとても胸が苦しなった。

配信限定だしあんまり話題になっている感じが全然しない作品ではあるのだけど、観始めたら凄く硬派で骨太なエンターテイメント映画になっていて、誰にでも薦めやすいはっきり傑作と言ってよい作品だと思う。

後、吹き替えもめちゃくちゃ良かったと思う。特にフリオ役の山野井仁の最後の論告シーンは超名演だった。

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