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『魔法は風のように』第一話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝2
『魔法は風のように』

第一話 ふたつの魔法

俺の名前は、不破 隼人。
自分で言うのもなんだが、俺は、何ごとに対しても執着が薄い。

将来について、特別にしたいことがあるでも、なりたいものがあるわけでもない。
だから、海斗を元に戻すために、世界各地を回らなければならなかったとき、さんざん父さんに、僕のせいで浪人させてごめん、留年させてごめんと、謝られても、何が悪いのかわからないくらい、気になっていなかった。
普通だったら、浪人や留年は、厭うものなのだろうか。
俺は、いつだって俺であって、何を選んで、何をしようが、変わらない。
それさえ変わらなければ、ほかはどんなことも、小さく思えてしまう。

守りたいものは、いくつかある。
父さん、海斗、ド田舎のお屋敷のある村。
三年前から父さんのすすめで、都会の体育会系の大学に通っている。いろいろあって、今年いっぱいは休学することになっている。
大学の友人に、仕事に就くなら、ふるさとの村で仕事がしたいと言って、不思議がられたのが、俺的にはいっそう不思議だった。
何度かモデルや俳優の仕事を紹介されたが、カメラがあるとつい面白い顔をしたくなるので、向いていないと断った。変顔好きは、事実だし。背が高いせいで騒がれやすいのに、これ以上目立つ行為に走るのは、面倒に面倒を重ねるだけだし。
もうひとつ、守りたいものがある。
父さんと、海斗が守っている、魔法という法則。
この法則、それを学ぶものに対しては厳しいくせに、本質が馬鹿のように潔く、やさしい。
馬鹿みたいに人がいい父さんと海斗の二人と、二人にとって大切な魔法を、意地悪だったり、差別的だったり、卑怯に生きられるタイプの人間たちから守るのは、魔法に対しある程度の距離がある、この俺であるべきだ。

俺と海斗は双子で、紛争地帯で日本人傭兵だった父と、日本語教師をしていて紛争で難民となった母の間に生まれた。
父は早死。母も病死。
以降、養い育ててくれたのは今の父さんだ。
父さんには、地球を守る的な壮大な役割があって、特殊な能力をこれでもかと持っていたのだが、この間、役割を終え、普通の人に戻った。
といっても、力が失われたというだけで、とくに何も変わっていない。
今でも何気ない忠告がはずれることもないし、人を見る目も、物事を予測する力も、常人では及ばない。知識量がすごすぎて、未来を視る力なんかなくたって、感覚的にわかってしまうもののようだ。おっとりしているが、俺からすれば、かっこいい。

俺と海斗の容姿は、ぱっと見、日本人ではあっても、けっこう目立つ。
俺に比べて心優しい海斗が、そのせいで、いじめの対象にならないようにと、俺が陰で守ってきた。
昔から俺は、身体能力が並外れていた。
中学の頃だったか、俺が運動能力の測定をすると計器が壊れるので、以降、測定させてもらえなくなった。
お屋敷の近い田舎の小中学校では、その必要はなかったけれど、電車通いとなった県立高校では、俺の腕っぷしが役に立った。海斗はそういう一部始終を、何も知らない。

俺は、魔法のこども、という特別な役割を、海斗と二人で、分けて生まれてきたらしい。
海斗は魔法について学び、修行し、立派な正統の魔法使いになった。父さんが力を失った今、マーリンという外国のじいさんの魔法の後継者としては最も強い力を持っている。
一方で俺は、使いたいと感じる筋肉を瞬間的に強化したり、己の気というものを自在に操ることができる。「隼人は海斗と違って、直感的な感覚のみで魔法を使っているんだね」と、父さんは言っていた。そういう意味では、俺は、生まれつき、自己流の魔法使い、ということになるらしい。
海斗は、俺独自の肉体や気の使い方を、「筋肉魔法」と呼んでからかってくるが、あながち外れていないと思う。
筋肉魔法を使ったときに瞬時にでる力は、人から恐れられても仕方ないレベルだ。だから、筋肉魔法は、周囲に人がいないときか、緊急時にしか使わない。

この間、海斗が俺のアパートにはじめて来たとき、あまりに殺風景で心配された。好きな音楽、好きな芸能人、好きな漫画やゲーム、好きな映画やドラマ、とにかく、好きな物はないのかと聞かれても、ない、としか言えなかった。こういうものが特別に好き、という何かがない。
瞬間瞬間に、心が動いて、誰かや何かを良いな、好きだな、と感じることは当然あるが、そういう感情は風のように過ぎ去っていく。

ある事件を機に海斗が白い犬にはまり、そのあと一緒に田舎に帰る前に、白い犬のグッズを集めて好き勝手に飾っていったが、そのままにしている。俺の部屋に来る奴がいれば、俺をそうとうの犬好きに思うだろう。
ちなみに、海斗は田舎のお屋敷で、子犬を飼いはじめた。犬種は日本スピッツで、純白ふわふわの中型犬の女の子だ。
名前は、てまり。つぶらな瞳が愛らしい、人見知りをする、おとなしくて内気なタイプ。父さんも、海斗も、べらぼうに溺愛している。

夏の終わりごろ。
俺は、父さんと海斗と、てまりちゃんと、田舎の屋敷で過ごした。父さんの最後の大規模な魔法を手助けしてくれた一同を招いて、あとから、俺と同じアパートで暮らしている浩太さんと、父さんの弟である廉さんも合流し、楽しくにぎやかな数日だった。
みんなが帰っていって、俺は父さんに呼ばれた。
「隼人、折り入って頼みがあるんだ」
と、父さんは言った。
「父さんが俺に頼み事なんて、珍しいな」
「海斗は、魔法や、精霊など他世界の存在に敏感なぶん、人の世界の動きには疎い。ユニコーンの事件は、海斗がいたから解決までこぎつけた。たぶんこの先も、相手が精霊などの精神世界側の存在のときには、海斗が役に立つ」
そうだろうな、と俺も納得する。
「僕の最後の大規模な魔法の、後遺症が出ているのは、精神世界側の存在だけではないはずなんだ。繊細で敏感なタイプの、人の心の状態にも、少なからず影響が出ているだろう。具現化するほどの狂気は消えたが、以前から、苦しみを抱えている人たちの状態が、僕は心配なんだよ」
「あの魔法の歌には、人の心にまで影響が?」
「魔法は、人の精神に感応する力も強い。精神世界と物質世界のバランスを取り戻すために、大規模な魔法を行ったんだ。今は非常に強く、そのどちらにも、なんらかのゆらぎが生じている。海斗は都会の空気が苦手で、まだ疲れがとれていないから、隼人は一足先にアパートに戻って、もし魔法の後遺症で困っている人がいたら、助けてあげてくれないか?」
「こっちは大丈夫なのか?」
「ああ、少なくともこの屋敷と、周辺の村は、問題ない。精霊たちの加護が強まっている影響で、自然が多い地域に暮らす人たちは、前より過ごしやすく感じるくらいの状態だと思う」
「都市部は、そうはいかないのか」
「遥か古から、人が多く集まる場所というのは、一つの生き物のように巨大なエネルギー体として、存在する。全体としてバランスがとれていれば問題ないが、何かあるたびにバランスを崩しやすいのも、人が多く集まる都市のエネルギーの特徴ともいえる。もともと、人の思念というのは、力が強い。それが雑多に寄せ集まっているんだからね」
人が相手となると、海斗より俺のほうが、役に立つということか。
「わかった。じゃあ俺は、アパートに帰るぜ」
「助かるよ。ありとう、隼人」
俺は、父さんの助けになれるのがうれしくて、全力で頷いた。

つづき↓
第二話 https://note.com/nanohanarenge/n/n7b25444ab38a


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