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「いってらっしゃい!」圧倒的日常を体験した話

「しずる 経堂店」

そこは夫婦が営む、カウンター席のみの小さな定食屋さんだった。妹からオススメ!と教えてもらった都内にあるお店。

平日のランチ時。店内は満席だった。とは言えランチなので回転は早い。5分程待ってすぐに席に通された。

「お待たせしてごめんなさい!こちらのお席どうぞ♪」と笑顔でハキハキとした奥さんが迎えてくれる。

厨房には少し仏頂面の金髪の旦那さんが。
低い声で「いらっしゃい。」といかにもな感じ。

綺麗にバランスのとれた夫婦だな~なんて思いながら、お店のイチオシメニューであるハラミ定食を注文した。

10分くらいすると、定食屋に期待するリーズナブルかつボリューミーなハラミ定食が目の前にやってきた。

食べることしか楽しみがない!と言い張る妹のオススメなだけあって味も抜群に美味しい。

ここに来て正解だったな~なんて考えながら黙々と食べていたら、隣の女性が立ち上がった。お会計を済ませて店を出ようとする。

すると奥さんが
「ありがとうございます!午後もお仕事がんばってくださいね!いってらっしゃい!」と。そしてあの仏頂面の旦那さんも満面の笑みとは言えないが優しい笑顔で「いってらっしゃい!」と。

あー。この辺のOLさんでよく食べに来てる常連さんなのかな~。

お店の人と常連さんの他愛もないやりとりなのに、初めて来る客としてはなんとなく居心地が悪くなってしまう。自分がひねくれているのは分かっている。まぁそこまで気になるものでもないんだけど、やっぱり頭のどこかしらにはその意識が働いていたりして。

なんて考えているうちにハラミ丼を食べ終わる。
いやーでもこの価格でこの味わい。満足満足!
残ってる水を飲む。飯がうまいと水もうまい!
よし。帰るか。

「すいません!お会計で!」

奥さん「はーい!ありがとうございます!」
旦那さん「ありがとうございます!」

お!旦那さんが少し笑ってくれた。
ちょっと嬉しい自分がいた。

奥さん「お会計が○○円です!」

財布を見ると小銭がパンパン。小銭も出そうかな~と細かいお金を探し始めると

奥さんが
「あー。細かいところまで探して頂いてありがとうございます!助かります~」と。

自分としては財布を少し軽くしたいな~と思ってやったことだったのでまさかお礼を言われるとは思わなかった。

なんなら普段のお会計では小銭を探している時に
「おい、さっさと出せよー。」
というレジ係の人の心の声が聞こえてきたりして、勝手に焦って小銭を探したりするもんだ。

奥さんが女神に見える。

そして会計を済ませると、奥さんが

「今日はお休みなんですかね?お休みの日に来てくれてほんとにありがとうございます!午後のお休みもゆっくり楽しんでください!いってらっしゃい!」

そして旦那さんもそれに続き
「いってらっしゃい!!」と。

奥さんと共に旦那さんが笑ってくれた。

さっきまで常連さんへの対応か、とひねくれていた自分が恥ずかしくなった。奥さんは満席で待ちができるくらいの忙しさの中、お客さん一人一人をよく見て、今日は仕事なのか、休みなのか。この後はどんな風に過ごすんだろ。そんなところまで想像して見送りの一言を発していたのだ。

そしてまさか初めて訪れた自分にまで、こんな見送りをしてもらえるとは思っていなかったので、少し反応までに間があったかもしれない。

「、、美味しかったです!ご馳走様でした!!」

その日の夜、妹とご飯を食べる予定だったので合流した。

「あ、そう言えばオススメのお店行ってきたよ!すごい良かったわ!美味しかったし!」

妹「ね!あそこいいでしょ!私あそこの旦那さんが笑ってくれるのすごい好きなんだよね!ちょっと怖い顔なんだけど笑ったら可愛いんだよ!」

「いや、分かるわ!!そして奥さんがまた!、、、」

定食屋の話でしばらく盛り上がった。

僕は初めて行ったお店だったし、実際やりとりした会話はそんなにないはずなのに、自分がさも常連であるかのようにお店の良さを語っていた。

よく飲食店、特に高級レストランでは
「非日常が味わえる」
なんて表現がされたりする。日常では味わえない特別な空間を飲食の空間が生み出していくのだ。

けれども僕があの定食屋で味わったのは非日常ではなかった。むしろ圧倒的日常だった。

しかもそれは「店」と「客」が繰り広げる機械的な日常ではなく、純粋に「人」と「人」との関わりあいの中で繰り広げられる温かみのある日常だった。

僕はハラミ定食を食べているあの時、隣の席の女性が立って、夫婦に見送られているところを見て、ただの「店」と「客」の関係ではない、というところに少し嫉妬していたのかもしれない。

けれどもあの定食屋の夫婦は、初めて訪れた僕に対しても、僕自身が勝手に作り出していた「店」と「客」の垣根を越えてきてくれた。2人の笑顔の「いってらっしゃい!」の見送りに、確かに僕はこの定食屋で「客」としてではなく、1人の「人」として日常の温もりを感じることができた。

僕は普段はホテルのレストランやBARで働いている。こういう場所では「店」と「客」の関係だからこそ、厳格で優美な雰囲気や時間を感じることができるのかもしれない。ただ、あの定食屋で感じた「人」と「人」の関係も紛れもなく素敵な飲食の形だった。

非日常と日常。
このどちらも楽しむことができるのが飲食の場なんだと改めて気づくことができた。あー。なんて面白い世界なんだ。奥が深い。これだからやめられないのだ。この世界は。


最後に、小さな定食屋の夫婦が妹と、そして僕と「人」と「人」としての繋がりを築いてくれたからこそ、僕らもまた、この繋がりを他の誰かへと繋いでいく。僕らが繋ぐことであの小さな定食屋のこれからの未来へと繋がることを信じて。

「わたしの食のレガーレ」

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