見出し画像

中毒受験


「てーをーうーごーかーすー!」

怒鳴り声が耳元に響く。とにかく手を動かさなければ。焦って書いた「6」が、「0」の形に似ている。

(あ、)

そう思った時にはもう遅かった。

「何度言ったら分かんだよ、字は丁寧に書けって言ってんだろ」

息付く暇も無く舌打ちと溜息を私に浴びせると、父はトイレに席を立った。ホッと肩の力を抜く。私は未だに分からない。今回みたいに丁寧に書けと言う時もあれば、逆の事を言う時もあるのだ。字なんて汚くていいんだ、綺麗に丁寧に書いてるやつは落ちる、と。

落ちる。

怜華にとって、その言葉は恐怖でもあり、原動力でもあった。
落ちたくないから、勉強する。落ちたら怒られるから、勉強する。落ちたら恥ずかしいから、勉強する。落ちたら両親はーーー。

落ちる恐怖の対象は、受験本番だけではなかった。組分けテスト。怜華は今、D2クラスにいる。そこは丁度真ん中に位置しており、入塾してからDより上にも下にも行ったことは無かった。だからこそ逆に辛いのだ。Eクラスに落ちる訳にはいかない。論外である。ならCに行くしかない。しかし、怜華の成績はずっと横ばいだった。D1に上がると、両親はとても喜んだ。

「怜華、おめでとう!Cクラス、もう目の前だね!」

「だから言っただろう、怜華はケアレスミスが多いだけで、実力は有るんだよ」

私は滅多に見ない両親の喜ぶ姿が見れてとても嬉しかった。だが反面、両親の言葉の端々に鉛のような圧力を感じていた。今回は、算数で私の得意な図形問題が多く出たこと、国語の物語文の配分が3分の2だった事が勝因にある。決して学力が上がった訳でも、ケアレスミスが減った訳でも無いのだ。それでも私は、両親の笑顔が消えぬ様、カラッと笑って冗談交じりにこう返すのだ。

「任せて。アルファ特待も夢じゃないから」

もっと喜ばせたくて、笑顔が見たくて、何より自分を誤魔化したくて、冗談だけど、見栄を張る。1番上のクラスなんて、行ける訳がないのに。それでも両親は、泣くんじゃないかという勢いではしゃいだ。

「わぁ!怜華ならできるよ!ママ楽しみにしてるね!」

「当たり前だろう。怜華は本番に弱いだけで、アルファ特待の実力は既に持っているんだ。」

怜華は更なる両親の言葉に、喉が詰まるような思いでぎこちなく笑う。

「あ、明日週末テストだから勉強した方がいいよね」

逃げる様に話を逸らす。だが逃げるだけが理由では無い。本当に勉強しなければいけないのだ。だが、その言葉に父が敏感に反応した。

「なぜ勉強するべきか否かを親に聞くんだ?自分でする気は無いのか?」

途端にリビングが静まり返る。家電の機械音さえも、少し遠慮がちに感じる程だった。

「聞くまでもないだろう、した方が良いに決まっている。それともなんだ、しなくていいなんて言葉が欲しかったのか?ん?」

怜華はすっかり固まってしまった。父には不思議なところがある。怒鳴るのは人並みかそれ以上に怖いのだが、怒鳴るよりも、静かに、穏やかに怒る方が何倍も怖いのだ。今がまさにそれだった。

「ご、めんなさい」

ぎこちない謝罪が口からこぼれ出る。正直焦りと恐怖で何に誤っているのかよく分からなかったが、恐らく自分の言い方に何か問題があったのだろう。それに、ここで謝罪以外にどんな言動をするというのだ。

「あのさぁ、ごめんなさいって言うなら最初からやるなよ。こっちだってこうやって時間取って叱ってさ、怜華も気分悪くなってさ、どっちもいい事ないよね?」

父の言う通りだった。私は父の貴重な時間を奪ったのに、父は私の気持ちまで考えてくれている。申し訳なくて泣きそうだった。

「やるの?やらないの?」

はっと我に返り、私は焦って返事をした。

「やる、やる!」

「はぁ、早く椅子座って」

父と共に勉強机に向かう。先程の両親の言葉が、励ましとなっては重圧となり交互に怜華の胸を突き刺した。

続く

#創作大賞2024

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?