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創作の未来を『ままならないから私とあなた』に思う

今日も『ままならないから私とあなた』の感想を書いていきます。

薫は雪子の目的を見誤ったため受け入れてもらえなかったわけですが、コンシューマーには受け入れられたようでした。これは創作の将来を暗示しているのではないでしょうか。

AIが創作する未来

音楽を聞いたり、映画を見たり、小説を読んだりするのは、何かしら心動かされたり、癒されたりするからだと思うのですが、将来的にはそういった創作物で人を喜ばせることは人間のクリエイターよりもAIの方が上手くやれるようになるのでは無いでしょうか。AIはコンシューマー毎に、もっというと同じ人でも、その時の気分に合わせたその人のための音楽や、映画、小説を即座に提供してくれるようになると考えられています。

それでも人間は負けない?

アーティストは人間力で商売しているので「AI」に代替されることはないという考え方は魅力的ですが、いちコンシューマーとして私の音楽の聴き方はサブスクを利用するようになって変わりました。

私が若い頃、音楽を聴く際は友達と情報交換したり、音楽番組を見て新しい好みのアーティストを探して、お金を払ってCDを買い、デッキにCDを入れてから聴くという風に結構な手間がかかっていました。
こういった感じなので、音楽を聴く際には多くの場合「ピロウズ」の「RUNNERS HIGH」か、「ハッピービバーク」聴こう。とか、今日は「イエモン」の「8」を聴こうのような感じでアーティストやアルバム有りきで音楽を聴いていました

ただ、現在では「Apple Music」や「Spotify」で聴きたい用途(集中とか、リラックスとか、運動用とか)の音楽を流したり、好きなアーティストと同じ傾向のあるアーティストを推薦されるがまま聴いています。これは楽曲や用途有りきで音楽を聴いていると言えるのではないでしょうか。

私の若かりし頃にAIのアーティストがCDを出したら、人間のアーティストを押しのけて選ばれることはなかったでしょう。ただ、現在のようにアーティストは関係なく音楽や用途に応じて音楽を聴くようになるとAIのアーティストも選ばれるようになってくるのではないでしょうか。

自分の気持ちを読んで最適で最高に気持ち良い音楽をAIが作ってくれるとしたら、コンシューマーとしてはその魅力には争い難いと感じてしまいます。もちろん好きなアーティストがアルバムを出したら私は聴くんですが、そういう習慣のない世代はどうなんでしょうね、好きなアーティストとかそんなにないってならないでしょうか。

創作の意義

作中に以下のような、文章があります

音楽で食っていくことを志した者が、そのスキルを磨くよりグッズやファンクラブなど音楽以外のものを創り出さなければならなくなっている。

確かに、グッズや、ファンクラブ、ライブや握手会は人間だけにできることだと思いますが、それもAIが人と同じような楽曲を創作できるようになるまでの話に思えます。

AIが創作を担うようになった社会であっても、クリエイターが創作から受ける満足感はAIが提供してくれることはないでしょう。よって、その時代が来れば創作はクリエイターの自己満足が最も大切になるのではないでしょうか。

話は小説に戻る

2022年に雪子が怒ったのは、苦労して作った楽曲がお釈迦になったからだけではなく、創作の喜びを薫が理解できていなかったからなのではないでしょうか。

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