大切な約束と「はたらくこと」
昨日、私は約束を破った。
何週間か前から楽しみしていたのに、仕事が入ってしまったから。
大人だったら「それは仕方ない」と思えるかもしれない。でも、気持ちは晴れない。
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昨日の日中、進行は順調そのものだった。年末だけど、日に日に仕事のボリュームは減っていたので、13時くらいまで集中して家で仕事をして、その後は夜までシェアオフィスで仕事をしようと思っていた。
「今日は20時から約束がある。それまでは全力で頑張ろう。」そう思っていた。
でも、16時くらいに雲行きが怪しくなる。
私がライターと編集をしている案件で、写真を撮り直してほしいという連絡がきた。自宅で食品や小物を撮影してライティングを進める案件なので、食品の場合は買いなおしになる。
担当者からの連絡を受けてすぐ、シェアオフィスを出た。
近くの店から順番に、撮影するための商品を探して何店舗かまわった。その都度店員さんに画像を見せながら確認するけれど、はっきりとした答えが返ってきたのは3店舗目。「今は店頭での取り扱いがない」とのことだった。
そのことを担当者に伝えて、一度家に帰る。17時だっただろうか。
(今回の記事はどうなるのだろうか)と不安に思いながら、17時すぎに家で早めの夕食をとっていると、代替商品の案が届いた。
商品が変わり、記事が差替えになるので、文章の制作もセットになる。この時間から1記事というのは、なかなか気持ち的につらい部分はある。
(でも、仕方ない。私ができることは、するべきだ。)
代替商品を売っているお店は、自転車で5分位の距離のシェアオフィスの近く。(また戻るのか…)と思いながらも、二つ返事でお店に向かう。自転車に乗っている時は、いつも以上に風が冷たく感じた。
お店についたら、代替商品はわかりやすい場所にあったので、(よかった!)と心の中で胸をなでおろしつつ、レジに並ぼうとしていたところでスマホを確認すると「他の商品にしてほしい」という連絡があった。あわてて商品を元に戻して、新たに指定された商品を買いに走る。
1店舗、2店舗とまわっても、その商品はなかなか見つからない。この時点で18時をすぎた。
また4店舗目くらいで、見つけた商品が合っているかを担当者に確認したら「さきほどの商品で大丈夫」という連絡がきた。さっき、レジに並ぶ寸前までいった商品だった。
がっくりと肩を落としながらも、二つ返事でさっきのお店に向かう。
さっきのお店に戻って、お会計をしてもらったレシートには、19時1分の文字があった。
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今日は20時からライタープロブラム10月期のオンラインの交流会がある。私が初めてメンターとして参加した期で、特別な思いがある仲間だ。
(でも…。)
これから家に帰って、写真撮影だけでも30分位かかるし、その後の記事制作はもっと時間がかかる。新しい案件なので、レギュレーションは決まりたてで、やや辛辣なコメントを書かれたりもする。
どちらかを、あきらめる。
そうなった私は、責任感に支配されてしまい「今日は参加が難しそうです」と、駐輪場でLINEをした。そこから、罪悪感がぼんやりとつきまってきた。
(どうして、そちらを諦めたの?最初に入っていた約束なのに。大切にしているのになんで?)
家に帰って商品の写真撮影をして、なかなかうまくとれた。それでも、罪悪感は消えない。
記事の文章を考えているときも、今日の約束のことが気になってしまう。
やっとのことで、記事ができたのは22時前。もうすっかりオンライン会は終わっていた。
(私はこれでよかったのか。)
「はたらくこと」が優先される。それが当たり前なのかもしれないけれど、友人と会話ができる機会だって優先されていいはずなのに。
その部分をあいまいにしたまま、私は正しい判断をしていたつもりになっていたのかもしれない。
仕事ができる、できないという「時間の線引き」は自分の中で決めておかなければならない。「はたらくことを決めるのは自分なんだ」と、改めて考えさせられた。
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私が約束を果たせなかった交流会のLINEでは、あたたかい言葉が並ぶ。
「大変ですね。」「頑張ってください!」そう言ってくれる人たちの顔が浮かんでくる。
もっと「人」や「こと」と向き合える時間を。それがこれからの自分を作っていくような気がしている。
「はたらくこと」を約束を破る戦犯にしてはいけない。
「はたらくこと」を嫌なことにしてはいけない。
そのために。
約束を破らないために「はたらくこと」を自分の中で決めていく。
そして、次回は絶対に参加できる自分になりたいと思った。
ここまで読んでいだだき、ありがとうございました!もっとすてきな記事をお届けできるように、頑張ります!