青春のジム・ジャームッシュ
大学生になった頃、かっこいいものをいろいろ教えてくれる先輩からおすすめされたのがジム・ジャームッシュだった。『コーヒーアンドシガレッツ』は観たことがあったけれどあの時は幼かったのだろう、よくわからない作品だという印象が
残っていた。
先輩におすすめされた『パーマネントバケーション』を観てみたけれど、全く面白いと思えない。でもジム・ジャームッシュを知ってる方がお洒落っぽいのだなということはわかったので、そこから立て続けに『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ダウン・バイ・ロー』『ミステリー・トレイン』『ナイト・オン・ザ・プラネット』と見続けて、ハマった。カッコ良すぎる!
『ダウン・バイ・ロー』の3人の粋でコミカルなやりとり。ここでトム・ウェイツとジョン・ルーリーだけだとただカッコ良すぎるだけのところに3枚目のロベルト・ベニーニを投入するあたり、ジム・ジャームッシュは本当にセンスが良い。うさぎの話をする焚き火のシーンはいま思い出しても笑える。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のファッションセンスと媚を売ってない女の子のサバサバした感じにも憧れた。確かもらった服をゴミ箱に捨てるシーンがあったはず。すごく好き。
『ミステリー・トレイン』のスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの存在感に魅了され今でもLINEのアイコンはずっと彼の写真。重たいスーツケースを運ぶシーンも素敵だった。
振り返ってみると物語の詳細は全然思い出せないのだけれど、印象的なワンシーンがどんどんと記憶に蘇ってくる。ジム・ジャームッシュはストーリーテラーというよりは、映画的小道具使いと台詞回しでかっこいい空間を作り出してしまうところが魅力だと思う。10代の時に彼の作品を観ることができたのは幸運な出会いだった。
件の先輩から「いつか人間が嫌になった時に『デッドマン』を見てみて。でも効果は一回しかないから」と言われたことを妙に覚えていて『デッドマン』はまだ見ていない。ありがたいことにまだ人間に本気で絶望したことがないのだと思う。でもそろそろ見てみてもいい頃かもしれない。
『ゴースト・ドッグ』を観たのは少し遅く、パリに来てからだった。こっちの大学に入った時に出会った日本好きのデッサンの先生が大絶賛していた作品だ。
久しぶりに見たジム・ジャームッシュにもまた心を掴まれた。『ダウン・バイ・ロー』が一番好きだと思っていたけれど、こっちも良い。
『葉隠』に『羅生門』、武士道に刀、日本好き外国人には堪らない小道具に溢れているのだけれど、これが不思議とマフィアとヒップホップの世界観にマッチしている。
西洋映画にときどき登場する換骨奪胎な日本文化の間抜けな借用にため息をついてしまう日本人も多いと思うのだけど、『ゴースト・ドッグ』に登場する日本的小道具はただの借用や真似ではなく確かにそこにジム・ジャームッシュの解釈が加えられていて、日本人から見ても魅力的なのではと思う。私は大好きだ。
むかし一度見て「大好き!」と思った映画を再び見るとき、ちょっとだけ緊張してしまう。今見たらもしかしてもう面白いと感じないんじゃないか。あの時の感動を汚したくないな、なんて邪念が一瞬浮かぶ。
それでも最近面白い映画を見ていなかったので久しぶりに『ゴースト・ドッグ』を見てみた。映画の始まりからすぐに、やっぱり映画っていいな、と感じ、映画が終わると、やっぱり映画が好きだな、と思った。
『葉隠』が愛読書の武士道に生きる黒人のヒットマンことゴースト・ドッグと、時代遅れのイタリアマフィアの抗争を描いた作品だ。シンプルな物語で時系列が一直線に進む素直な構成も見やすい。一見シリアスでバイオレンスになりそうな主題なのだけど、登場人物みんなが少しづつひょうきんだから、重くなりすぎない。こじんまりした作品ながら丁度良い見心地の良さがある。
特に好きなのがサイドストーリーであるゴースト・ドッグとフランス語しか話さないアイスクリーム屋レイモン、そして読書好きの少女パーリーン3人の交流だ。全く言葉が通じないのにそのことを全く気にしていないからなぜか話が通じてしまうゴースト・ドッグとレイモン。もしかしたら笑う場面かもしれないけれど、なぜか胸にグッとくるものがある。
言葉数の少ないゴースト・ドッグがパーリーンと本の話をするときだけ他人に興味を示し感想を求めるところに、本好きとしてはとても共感してしまう。きちんと相手の感想に敬意を払い耳を傾けるところも好きだ。
キレキレのアクションや映像美、どんでん返しのストーリーに練りに練られた物語の構成も確かに映画の大切な要素だけど、魅力的な舞台装置と味のある登場人物を生み出すだけで、こんなにも観る人を惹きつけることができるのだと、映画の可能性と作家性について改めて考えさせられる夜だった。
ジム・ジャームッシュは境界に生きる人々の小さな交流を描くのが上手い。
メインストリームに疲れた日には、こういう作品を見たいと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?