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仏蘭西生活記

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フランスに住んで考えたこと、気づいたこと
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#日記

ヴェネチアのビエンナーレへ行って来た

8月の初め、ヴェネツィアに行ってきた。聞きしに勝る観光地で、住人よりも観光客の方が多いのではと思うほど。カメラ片手に歩き回る人の数に驚く。 パリは猛暑日でも湿気がなくカラリとしているのを物足りなく感じていたが、8月のヴェネツィアはジメジメと蒸し暑く、日本の夏を思い出す。 ねっとりした空気が体にまとわりつくのは懐かしくもある。しかし潮風の中を泳いでいるような茹だる蒸し暑さが、こんなにも体力を奪うものだったとはすっかり忘れていた。歩いているよりは泳いでいる気分でジリジリと体力を

パートナー、日本語講座始める

隣りでカリカリカリとノートに書き綴っているパートナーが「こんなもん覚えられるかー!」と声を上げノートを投げ出す。 「どうして3種類もアルファベットがあるの?」 「なんでひらがなだけで46文字もあるの?」 「どうして”こんにちわ”って発音するのに”こんにちは”って書いてあるの?」 前々から日本語を習ってほしいと思っていたけれど、語学にしろなににしろ押し付けられて学ぶ気になるでものでもなし。何事も本人の自主的なやる気がなければ身につくものではないよなと半ば諦めかけていただけに

ある冬の朝、パリを想うこと

自転車に乗って十一区のアパートを出る。 冷たい風で耳が痛い。キャスケットじゃなくニット帽を被ってくればよかった。まだ夏時間だけど、朝はすっかり冬だった。夏と冬の個性に押し潰され秋はどこへ行ってしまったのだろう。秋を感じるのは近所の八百屋で南京と葡萄を見かける時くらいだろうか。 自転車を漕ぎ、パルマンチエ通りを北上し、ヴォルテール通りへと抜ける。夏時間が冬時間に変わる前の朝は特に暗い。見上げると灰色の分厚い空が建物に切り取られている。 六時一五分。 七時前に郊外の撮影ス

スマホのカメラが目となり、記憶は共有され存在が伝播する

現在パリではファッションウィークが開催中です。先日とあるブランドのショー会場の裏側でルックブックを撮影する仕事のアシスタントに呼んでもらいました。せっかくなので仕事の間にショーを覗かせてもらいました。 コロナの影響もあってか、招待客の少ない小規模なショー。その代わり誰もが最前席に座れるようになっています。音楽が大音響で流れ、モデルが登場し颯爽と歩き出します。 しばらく眺めていて気がつきました。自分の目で、目の前を歩いているモデルと服を見ている人のなんと少ないことか。ほとん

あの無愛想なウェイターさんはどこへ

近所に行きつけの美味しいカフェがあります。シナモンロールが抜群に美味しくて、休みの日に朝食を食べに行きます。 朝はいつも大柄で色白の男性ウェイターさんがいます。パートナーと初めて行った日、カフェを出ると顔を見合わせ「感じの悪いウェイターだったね」と言い合いました。可愛いカフェの雰囲気に似合わずなんとも無愛想な人なのです。 それでも美味しいので通い続けました。 ある日ひとりでお茶をしに行くと、テラス席でオーナーシェフのマダムとウェイターさんが2人で話をしています。なかなか

俳優とばったり遭遇する街、パリ

マレ地区を散歩していた時のこと。ギャラリーの入り口に貼られたポスターを見ていると、中から出てきたムッシューが「ここ、よかったよ」とニコッと教えてくれた。 後からパートナーに「さっきのムッシュー誰だかわかった?」と聞かれ、驚きました。なんと俳優のダニエル・オートゥイユだったと言うのです!全然分かりませんでした! ダニエル・オートゥイユといえば、『メルシィ!人生』。 コンドーム会社に勤める主人公が突然解雇を言い渡され、思い詰まってベランダから飛び降りようとするところを隣人に

山でダラダラするか、街でダラダラするか

久しぶりにパートナーの母とその旦那さんのお家に遊びに行って来た。 義母たちはパリから電車を乗り継ぎ5時間、さらに最寄りの駅から車で30分ほどの山の上に住んでいる。人口6人の小さな村だ。 猫4匹と暮らす大きな家にはお庭とテラス、それに屋根裏部屋と地下室があって、遊びに行くといつも屋根裏部屋に泊まっている。 一度、ノミが大量発生して全身を噛まれてからしばらく訪ねていなかったのだけど、今年はノミ対策をしっかりされたようで、去年のように足が水玉模様になることはなかった。 家の前に

ひととひとがつなぐ幸福な食卓

ある晩、友人Fが豚の脂身のスモークとパリンカというお酒を持って遊びに来てくれた。 Fはとあるファッションブランドで働いていて、ロシアのウクライナ侵攻が始まったとき、ブランドのオーナーと一緒に社用のトラックに服や支援物資を詰め込んで、ルーマニア人の同僚とともにウクライナとルーマニアの国境から5kmの街までトラックで向かった。その街にはウクライナから多くの人が逃れて来ているという。 すぐに自社のトラックで支援に赴けるというのは金銭面でも物資の面でも一個人がすぐにできるスケール

桜の木が切られる

撮影で郊外にあるアトリエのような場所に行った。”アトリエのような”というのはなんというか、”アーティストレジデンス”的な趣向の住居兼アトリエとして使われている3階建ての小さなアパートに、庭と元工場のような打ち捨てられたスペースがある場所なのだけど、アートというよりは廃墟に近い空間だった。 元工場のようなスペースはフォトジェニックだし、庭には巨大な桜が堂々と鎮座していてかっこいい。でもアトリエ住居は、一歩入って決してここには住みたくないなと思うに十分な場所だった。というのも、

”日本好き”フランス人に困惑する

パリには日本好きなフランス人がたくさんいます。 どこの出身かと聞かれ「日本」と答えると、日本大好き!、日本に行くのが夢なの!、バカンスで日本に行って最高だった!こんな素晴らしい国はないよね!、日本食大好き!毎日食べれる!などなど概ねポジティブな反応をいただけます。 フランスに憧れる日本人がたくさんいるように、日本に憧れるフランス人も思った以上にいて、今のところ日本人ということで特別に嫌な思いをしたことはないし、会話のきっかけにもなる。自分の国に興味を持ってくれている人がい

鉄の腕

バーにある大きなテーブルの角に陣取ると、向かい合って右手と右手をがっちり握り合う。相手の冷たい手のひらと指の一本一本を感じる。左腕は背中に回す。こっちの腕は使ってはいけない。右手と右手の真剣勝負。 3、2、1、誰かがカウントすると一気に全身に力が入る。重い。相手の腕は私の2倍の太さはあるし、平べったい私の胴体に対し、彼女の円筒状の胴体には力がみっちり詰まっているようで安定感がある。みんな私が負けると思っているだろう。 ぐいっと右方向へねじられそうになり、右手首がぐにゃっと

"自分を大切に"とは言うけれど

自分のことを大切にしてあげるのは得意です。 あんまり我慢しないし、食べたいものは食べるし、自分へのご褒美と言って毎日美味しいチョコレートを買っているし、時には贅沢もする。 休日はダラダラするし、早起きしないし、一日中ただ本を読んでるだけのこともある。怠けるのは得意です。 自己中心的だし、やりたいことをやるし、他人の目を気にして何かを決めることもあまりない。 無理せずなるべく甘やかしてあげるスタンスで、自分を大切にしてあげているなあと思っていました。 ある日、今夜は友人

髪の色いろいろ

先週、健康診断に行って来ました。 採血の順番待ちをしていると、採血ブースからマダムが顔を出し、次の患者さんを呼びます。採血担当マダムの髪の色がパッと目を引く青色です。心の中で、おぉ、と思いました。そして、おぉ、と思っている自分に気がつきました。 街中ではいろんな色に髪を染めている人を見かけます。ピンク、青、緑色。 撮影の仕事では虹色に髪を染めているモデルもいます。 そんな時にはいちいち、おぉ、と思わないのに、病院で青い髪の人を見ると、おぉ、と思ってしまったのは、どうしてか

ふつうの人生

パートナーの友人カップルで、私も仲良くさせてもらっているVとSに会ってきた。Vはフランス人、Sはオーストリア人。つい1ヶ月半前にVが男の子を生んだばかりだ。まだ人間というよりは虫のような小さな生命がぽこんと現れて、ふたりの腕の間を行き来しているのを見ると不思議な気持ちになる。 4人で話していたのが、いつの間にかVとうちのパートナー、Sと私、と会話がふたつに分かれた。最近はどうしているのか、仕事はどうかとSに尋ねる。 Sはオーストリアの地方の小さな町に大きな家を持っていて、