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ひととひとがつなぐ幸福な食卓

ある晩、友人Fが豚の脂身のスモークとパリンカというお酒を持って遊びに来てくれた。

Fはとあるファッションブランドで働いていて、ロシアのウクライナ侵攻が始まったとき、ブランドのオーナーと一緒に社用のトラックに服や支援物資を詰め込んで、ルーマニア人の同僚とともにウクライナとルーマニアの国境から5kmの街までトラックで向かった。その街にはウクライナから多くの人が逃れて来ているという。

すぐに自社のトラックで支援に赴けるというのは金銭面でも物資の面でも一個人がすぐにできるスケールではなく、こういうときこそ企業というものの力を感じる。

このブランドは数ヶ月前にインスタグラムで炎上していた。南米での撮影で現地人を奪取していたと叩かれているインスタグラムの投稿を読むと、確かに良い印象を抱かなかった。
しかし今回ルーマニアへ支援物資を運んだ話を聞いて印象がまた変わった。
ひとつの出来事を見聞きして良い企業、悪い企業と断罪してしまうことはできないなと思った。そして彼らが支援物資を運んだことはもちろんどこにも書かれない。


支援物資を運んだあとはルーマニア人の同僚の実家を訪ねたいう。山の家だ。
庭には燻製用の小屋があって、そこには私の上半身くらいある巨大な豚の脂身の塊がいくつも吊るされて燻製にされている。小屋の写真、プルーンからパリンカを作る装置の写真、薪の火を使った調理台の写真を見せながらFが教えてくれる。

脂身のスモークは極々薄切りにしてつまみとして食べる。これがなんとも旨い。脂身の嫌ったらしさがなくて、とろける食感に強いスモークの味が食欲をそそる。料理に使っても美味しそうだ。
普段なら脂身の塊なんて大嫌いなのに、然るべき工程と時間と手間をかけると、格別に美味しいものになる。アンドゥイエットやブーダンノワール然り、そのままなら食べにくい部位を美味しくしてしまう料理が好きだ。ちゃんと工夫すれば、残すところなんてないのだ。

現地では自家製のピクルスや赤玉ねぎの酢漬けと一緒に食べ、パリンカをくいっとやるという。パリンカ、アルコール度数54度。原材料はプルーンだけ。
ひとくち含むとじわーと熱くなり喉から胃につながる道筋が浮かび上がる。熱くて柔らかくて甘い後味が口に広がるのが心地よい。お酒に弱いから、おっかなびっくり。だけどついついもうひとくち舐めたくなる。


次の日のお昼はパートナーが脂身のスモークとエンドウ豆と玉ねぎでパスタを作ってくれた。

数日前からエンドウ豆やそら豆が八百屋に並び出したのを見て、パスタを作ってもらおうと企んでいたのだ。日本にいた頃は料理に使われるエンドウ豆が好きじゃなくて、特に豆ご飯の豆が苦手だった。ところが数年前にパートナーがエンドウ豆とベーコンとリコッタチーズのパスタを作ってくれて、思いがけない組み合わせに半信半疑で食べてみてから大好物になった。

さやから外したエンドウ豆は生のまま食べると春の苦い味がするのに、さっと塩茹でされると苦味は消え甘みが残る。ぷちんぷちんと口の中で弾ける食感が楽しいがつまみ食いをしているとパスタの分がなくなると叱られる。

玉ねぎを炒めエンドウ豆とパスタを合わせ、仕上げにごくごく薄く切った脂身のスモークをたっぷりのせてくれる。パスタの湯気で脂身が透き通っていく。
豚の旨味とスモークのこくのある香り、エンドウ豆の青さと甘みが相まって、心から美味しい。

パスタを食べながら、行ったこともないルーマニアの山の家を想う。そこでは豚の脂身が吊るされ燻製になり、野菜は酢漬けされ、プルーンの季節には自分たちの飲むお酒を自分たちの手で作っている。世界にはいろんな生活があって、友人が運んで来てくれたその一片がいま私の食卓を彩っている。

こういう美味しさはお金を払ってもレストランに行っても手に入るものではない。幸福な食卓だなと思う。


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