連載小説「オボステルラ」 【第二章】12話「その少女の理由」1
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その少女の理由
「王女様…!?」
ナイフが、『フローラ』のラウンジのソファにちょこんと座る少女を見て、小声でリカルドに叫んだ。
「え、嘘でしょ? あの娘が、本当に? なんでわかるの…? 王都の大学時代に会ったことがあるとか?」
「いや、僕が大学にいたのは9年前までだから、当時、王女様はまだほんの5~6歳だよ。そもそも、成人前の王子王女は城から出ないし、肖像も公表されないじゃないか」
まだお店は営業前。キャスト達は食材などの買い出しに出ていて、お店にはナイフとリカルド達だけだ。
結局あの後、この少女を保護することを最優先にすることにして、武器屋には行かず『フローラ』に戻ってきた。また先程のように変な輩に絡まれたり、アステール金貨を大量に持っていることを狙われたりしたら大変だからだ。
「…でも、多分、ミリア=ド・ニ=アステール王女殿下だよ。しかも、『本物の方』だと思う…」
リカルドが「本物の方」という言い方をしたのには、ここア王国の王家で永く続く、特殊な慣例がある。
軍事国家である隣国・エルラン帝国やその周辺国と長く争ってきた歴史を持つア王国では、王位継承者が命を狙われ、暗殺されることも少なくなかった。そのため王子・王女が生まれたら必ず数人の影武者をつくり、王城の中で本物の王子王女と全く同じような生活をさせる。
名前と性別、生まれた年は公表されるものの、18歳の成人までは肖像が触れ回られることもなく、表舞台に立つことも、城から出ることもほぼないという。ごく近しい者以外は「誰が本物の王子・王女かわからない」状態で、城の中で育てられていくのだ。
そのため、こんな場所に王女がいるはずはなければ、そうとわかるはずもないのだが…。
「あの高級そうな丸いバッグには、ごく小さくだけど王家の紋章が入っていたし、あの服装、外用のお出かけ着でカジュアルには見えるけど、王都にある最高級ブティックの印があった。王室御用達のね。最新デザインで生地も最高級、あのレベルの服を着られるのは王族か公爵家くらいだよ」
「あなた、自分は黒一色しか着ないくせに、ファッションにうるさいのよね…」
「それに、彼女、自分ちのことを『お城』とか『王家』とか言うし、ふふ」
「……」
「そもそも、最初に自分で『ミリア』と名乗っていたしね、ふっ、ふふっ」
リカルドは、愉快でたまらないようで笑いを抑えられない。
「まあ、そこまで珍しい名前ではないけど、そのあと『ド』も続いていたから」
「……でも…。王女様って、成人するまではお城から出ないものなんでしょ?」
「そう、そのはずなんだよね…。だから影武者である線もまだ消せないけど、そのあと、ごまかすために自分で『影武者』って名乗ったんだよ…。まず、影武者は影武者って名乗らないよね。そもそも、影武者も同じように城からは出ないそうだし」
「王女様がそんなに嘘をつくのがヘタって、ある?」
「うーん…。ナイフちゃん、どう見る?」
そう言って、カウンターからソファ席の少女を見る2人。ふかふかのソファなのに浅めに座り、しゃんと背筋を伸ばしている。ナイフはじっと観察する。
「…そうね…。でも、オーラというか、品がありすぎるわね…。そこらの貴族の令嬢では収まらないくらい」
ナイフの人を見る目は鋭い。その言葉を聞いて、リカルドはさらに、自分の予想に自信を持つ。
「…で、その王女様を、こんな場末の女装バーに連れてきてどうするのよ…。『家出少女ですよ』ってさっさと軍にでも突き出して保護してもらえば、それで終わりじゃない」
「それはそうなんだけど、あの、彼女なんだよ。巨大鳥に乗っていた女の子」
「…はあ?」
なんともややこしい話だ。ナイフはじろりとリカルドを睨む。
「保護するという名目で、自分の研究のために詳しく話を聞きたいから、ここに連れてきたってわけ?」
「さすがナイフちゃん、よく分かってるね」
「……。どう考えたって、厄介なことにしかならない予感しかしないんだけど…」
頭を抱えるナイフ。
「お城から出ないはずの王女様がまさかこんな所にいるなんて、誰も想像もしないだろう? 僕もまだ、多少は半信半疑だし。大丈夫だよ」
「…それはいいけど、あの田舎者のゴナンは、王女様への対応は大丈夫なのかしら。これまで貴族の姿すら見たことないんじゃない?」
「いや、それがね…」
そのとき、店の奥の方からゴナンがやって来た。手には、濡らして絞ったタオルがいくつかある。
「ほら、足や手が汚れているから。拭こうか?」
「ありがとう」
「あ、顔も汚れている。じっとしてて、こっちのタオルで拭くから」
「ええ」
「もうお腹は空いていない? 何か食べられるものを作ってもらおうか?」
「助かるわ」
「飲み物も持ってくるよ。ここじゃ食べにくいから、テーブルがある席に移ろう、はい」
表情こそいつものように無愛想だが、動きはかいがいしい。少女にスッと手を差し出し、少女も慣れた感じでその手を取る…。
「ああいう感じなんだよ」
「…何、どうしたの、あの子…。完璧に淑女への対応ができているじゃない…。いえ、ちょっと下僕っぽいけど。あんなことまで教えていないわよ」
「…いや、あれはね。淑女の扱いというより…」
リカルドは、先ほどのゴナンの泣きそうな表情を思い出していた。
「妹のお世話、だね」
「…妹…?」
「村でね、5歳年下の妹さんがいて、ゴナンがあんな感じでよくお世話していたんだよ。彼女は彼女で、王女だとしたら普段は周囲の人にかしずかれる生活だろうからお世話されるのも慣れているし、図らずもその両者が上手い具合にハマっているね。ふふっ、面白いなあ…」
「まあ、確かにあの表情は、ラブとかの類ではなさそうね。といってもゴナンは表情がわかりにくくはあるけど」
「ゴナンの妹さんは、僕が村を出るときは元気だったけど、その後、飢えで亡くなってしまったらしいから…。きっと、もっとお世話してあげたい、ご飯をたべさせてあげたいって、思っていたんだろうなあ…」
と、ゴナンがカウンターの方にやって来た。
「ナイフちゃん、食べ物と飲み物を出してあげたいんだけど、俺が注文するから、作ってあげてもらえる?」
自分の財布を握りしめている。ナイフはリカルドと顔を見合わせて笑った。
「お金はいいわよ。ここは甘えるところよ。あの子に、食べられないものがないか聞いてきてちょうだい」
「…わかった。ありがとう」
そう答えて、健気に少女の方に駆けていくゴナン。
「さてと…、困ったな、どうしようかな…」
「…それは私のセリフなのだけれど? リカルド」
じろりとにらむナイフに、リカルドは肩をすくめた。
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