連載小説「オボステルラ」 【第二章】48話「リカルドの人生」(2)
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「うん、よく似合っているよ」
武器屋からの帰り道。腰に剣を下げて歩くゴナンの姿を、リカルドは惚れ惚れと見ていた。
「ちゃんとサイズも合わせて選んでもらったから、ちょうどいいね、絵になるよ。強そうだよ」
「……うん、買ってくれて、ありがとう…」
リカルドのニコニコが止まらない。ゴナンは相変わらず表情は変わらないが、目が少し嬉しそうで、いつもより歩く背筋も伸びている気がする。しかし、すぐに少しだけ神妙な表情になる。
「? どうしたの?ゴナン。やっぱりちょっと剣が重いかな?」
「うん。重いのは重いけど、でもこれも鍛錬だと思うから…。そうじゃなくて」
そう言って、剣の持ち手にそっと手を添えるゴナン。
「なんか、剣を下げてるだけで強くなった気になっちゃったけど、でも、それ、危ないなって思って……」
「……?」
「ヒマワリ…。あいつ、俺と体格も変わんないし、すごく体も細い奴だったのに、リカルドのこと蹴り飛ばしてたし、あの男達が手も足も出なかったナイフちゃんとも渡り合ってた。体が小さくても、俺もあんな風にもなれるはずだよね」
「まあ、彼のあの蹴りはかなり効いたなあ…」
思い出してアゴをさするリカルド。
「今は剣を持ってるだけで俺は役立たずだから。剣を買ったからって強くなれたわけじゃないから、ちゃんと、鍛えないと」
「……そうだね……」
そう言って、リカルドはまた、ゴナンの頭を撫でる。
「ゴナンはすごいなあ。僕はちょっと反省したよ」
「? だから俺、まだ役立たずだよ」
「そんなことないよ。僕だけなんだか浮かれちゃって、本当に反省だよ」
「……?」
と、ちょうど屋台街。あの果物の屋台が見えてきた。
「あ、ゴナン、また果物買って帰ろうよ。もう、ゴンの実は食べ飽きたかな。モミーやフランの実もあるよ」
「何でもいいよ。果物は何だっておいしいから」
「ふふ…」
と、屋台の親父が「おー、体調崩してたんだってな。もう大丈夫なのか?」とゴナンに声をかけてくる。そのまま、いろんな果物の説明を受けているようだ。知らない実がたくさんあるようで、気になるものをあれこれ尋ねている。相変わらず表情からはテンションがわかりにくいが、そもそも好奇心が旺盛なのだろう。兄のアドルフ譲りか、知識欲もある。リカルドは、そんなゴナンの後ろ姿をじっと見つめていた。
(……ゴナンは自然体でいるけど、必死に前を向こうとしている感じだな。それは、自分が逃げてきたっていう負い目からのものかもしれないけど…)
そして、リカルドは自分の腕をじっと見つめる。黒い服の中に隠している、ユーの民のアザ…。
(このまま何となく、旅に出るのではダメだな。ゴナンにきちんと、話さないと…)
「リカルド?」
離れた場所で足を止めたままのリカルドを気にして、ゴナンが呼んだ。ハッとして、リカルドも笑顔で屋台の方に向かう。
「あ、フランの実を買うの? ねえ、ご主人。このまえマルルの実が3個も言い値で売れて、儲かったでしょ? 今日はちょっとまけてよ」
「また、それかい。でも、確かに儲けさせてもらったもんなあ、仕方ねえなあ」
自然に値引き交渉を始めるリカルドを、ゴナンはまたキラキラと尊敬の目で見ていた。
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その日の夜。
今日も女装バー『フローラ』の看板に明かりは灯らない。
いつもなら働いている時間なのでなんとなく店にはいるが、ナイフは所在なく片付けをしたり、帝国男達に壊された店内の修繕をしたりしている。寮に残っているキャストは知り合いの店に受け入れてもらい『出稼ぎ』に行かせている。シンと静かな店内、照明も少ししか付けず、薄暗い中でナイフはソファにふう、と座った。がらんと広いお店が、いやでも目に入る。
「これがあと2ヵ月…。なかなかクるわね……」
幸い蓄えはあるので当面の生活は何とかなりそうだが、やることがないというのは想像以上につらい。今日も部屋着のままで過ごしてしまった。
「あーあ、私もどこか出稼ぎにでも行こうかしら」
かといって、他のキャストのように他のお店に行っても、この街の「名物オーナー」なナイフが他所のお店を荒らすことになってしまう。いっそ、鉱山かどこかに行って肉体労働に従事しつつ、体を鍛えようか。あの小柄なヒマワリに油断して不覚をとってしまったことを思い出した。鍛錬は心がけていたつもりではあったが、どうにも、鈍っているかもしれない。
と、2階から楽しげな話し声と共に、階段から降りてくる足音が聞こえた。ミリアとエレーネである。
「あら、晩ごはん?」
「ええ、エレーネが良いお店を見つけたそうなの。珍しい海の貝が食べられるんですって。行ってくるわ」
ミリアは、リカルドから旅への同行が許可されて以来、とても楽しそうだ。
「そう、楽しんでらっしゃい」
ナイフはひらひらと手を振って送り出す。ちなみにこのあと、お目当てのお店が運悪く臨時休業で、その代わりに行ったお店では酔っ払いが暴れてエレーネがお酒を被ってしまうという憂き目に遭ってしまうのだが、彼女たちはまだそれを知らない。ミリアの『引きの悪さ』は、今日も健在だ。
(2階に人の気配があると、なんとなく心が救われるわね…)
いつもあの嫌な笑顔で無理難題を押しつけてくるリカルドに感謝などしたくはないが、それでも今日ばかりはそう感じずには居られなかった。
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