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連載小説「オボステルラ」 【第二章】29話「襲来」(1)


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第二章の登場人物



 

襲来


 その翌朝。

「あれ? 熱下がった?」

またリカルドは椅子でうたた寝しながらゴナンを看病していたのだが、起きたゴナンの顔色が良くなっているのを確認した。額に手を当ててみる。

「……いや、まだ少し熱はあるか。でも、大分顔色がいいよ」
「うん…、楽になった」
「カーユ、すごいな…」




 リカルドは、ゴナンが一晩で想像以上に回復したことに驚いた。もちろん、ただカーユを食べたタイミングが合っただけの可能性もあるが…。ゴナンはうん、と頷く。

「なんか、体の中から元気が出てる気がする。ごはん食べられたのが、よかったのかも」
「うん、そうだね。ごはんは大事だね」

よかったあ…、とリカルドは布団に突っ伏す。ゴナンはその姿を申し訳なさそうに見ている。

「ごめん、リカルドさん。俺の看病ばっかりで、全然旅にも出られなくて…」
「あっ」

リカルドはばっと顔を上げた。

「リカルドさん、に戻ってるよ。リカルド、でいいってば」
「……あ、そうか……」
「この街にはもう少し滞在する予定なんだ。まとめたいレポートもあるし、準備も必要だしね。これからどこにどう行くかも考えないとね」

そうリカルドは優しく微笑む。準備、という言葉を聞いて、ゴナンはハッと思い出す。

「ねえ、リカルド。俺、剣を見に行きたい」

少し目を輝かせてそう言うゴナンに、リカルドはふふ、と笑った。

「そうだね。でも、まだ完全に治ったわけじゃないから、今日はダメだよ。カーユを作ってもらってくるから、もう少し寝てて」
「うん……」

ゴナンは少し不満そうに、また布団に横になる。ゴナンの気力も出てきたことを嬉しく感じて、足取り軽く階段を降りていく。

「ナイフちゃん! またカーユを頼むよ! ゴナンの熱が下がってきた」

「あら、よかったわね…! カーユ、すごいわね……」

お店で、自身の朝食の準備をしていたナイフが、ほっとしたように答えた。

「ヒマワリちゃんにもお礼言わなきゃね。まだ寝てるかなあ」
「いいえ、今日はもう外出したわよ」
「え、早いね。珍しい」

ヒマワリはいつも比較的朝が遅い。

「あの子ね、お給料を1週間払いで欲しがるのよ…。今週分をさっき支払ったら、そのお金握ってどこかに行ったわよ。いつもなんだけどね」
「へえ…」
「何か変なことに散財してたり、貢いだりしてなきゃいいんだけど」

ナイフは少し心配そうにそう口にする。夜の街に身をやつす者の中には、経済感覚が破綻していたり、何かに依存している者も、時にいる。自身のキャストがそうならないよう、ナイフは常に見守っている。

「まあ、あの子は大丈夫じゃない? ……それより、昨日ロベリアさんと話せた?」

リカルドはカウンターに座って、奥でナイフがカーユを調理する様子を見守る。自分でも作れるようになっておくと、今後またゴナンが体調を崩したときに良いかもしれないと、その手順を見ていた。

「それが、昨日はお客様が多かったでしょ? しかも最後に来たお客さんが羽目を外しすぎて飲み過ぎて、介抱が大変だったのよ。バタバタで、なかなか話せなくて」

「そっか…」

カウンターに頬杖をつくリカルド。

「……まあ、考えすぎかもしれないしね。折を見て」


 と、階段からエレーネが降りてきた。美しい金髪を一つにまとめ、出かけ着に手袋も身に纏い、レイピアと荷物を身に付けている。

「おはよう、エレーネ。出かけるの?」
「ええ。今日こそ空を見て回るのと、水場探しをしてこようと思って」
「……ああ!」

本当は昨日の午後行くはずだった、巨大鳥の痕跡探しだ。結局、カーユのレシピ探しのあれこれで行けないままだった。

「助かるよ。ゴナンの体調が良くなってきたから、僕も一緒に行こうかな?」
「今日はまだ、ついてあげたほうがいいんじゃない?」

エレーネはそう言って笑った。彼女も、もう散々リカルドのゴナン愛を目の当たりにしている。

「まあ、そんな都合良く現れるものでもないでしょうから、散歩ついでにのんびり探してくるわね」

そう微笑んで、エレーネは店から出ていった。

「…なんだか、本当によくできた人だなあ……」
「……とても落ち着いている女性ね。どこぞかの貴族のご令嬢かしら?」

ナイフがそう尋ねてくる。彼女の人を見る目は鋭い。

「…流石だね。外国のわりと高位な貴族の出らしいよ。具体的な名前は教えてもらえなかったけど」
「なるほどね。図らずも、ミリアの“お付き”にうってつけの人材だったわね」

そう聞いて、リカルドははあ、とため息をつく。

「…いや、でも、ミリアを一緒に連れて行くというのは、本当に荷が重い……。エレーネに押しつけたらだめかな…」

「まあ、それも方法の一つではあるわよね。せっかくのゴナンとの旅に水も差されるし……。ただ、あのお姫様は、簡単に納得するタマじゃないと思うわよ」

ナイフの分析に、リカルドは頭を抱えてボサボサの黒髪をかきむしる。
家出した王女を、一介の学者が「願いを叶えるため」なんて訳の分からない理由で連れ回すなんて、ヘタすれば言い訳も何もできないまま監獄行きだってあり得るのだ。

「困ったな…」
「巨大鳥への好奇心に勝てなかったあなたの責任ね」

そう言ってほくそ笑むナイフ。少し楽しそうだ。

「……いっそのこと、ナイフちゃんも一緒に旅に来てくれれば、いろいろ助かるのに」
「はあ? お店もあるのに、行くわけないでしょ?」
「昔は流浪してたっていってたじゃない…」
リカルドは、いつもの冷たい微笑みをナイフに向ける。「いやな笑顔ね」とナイフは彼をじろりと睨んだ。


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