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連載小説「オボステルラ」 【第二章】1話「ストネの街のリカルド」1



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第二章-「新しい街で」

ストネの街のリカルド


 リカルドが北の村を離れて3ヵ月が経っていた。
あの日から、ひたすら南を目指し歩く日々。行き交う旅人や行商人からも、「大きな鳥が飛ぶのを見た」との目撃情報を得ていた。その動きは、ずっと南。しかし、徒歩のスピードではもちろん、追いつくことはかなわない。
(あの巨大鳥を見て、皆、悪いことが起こったといっていた。『悪いこと』の深刻度は、ピンキリではあるが。僕には…、特に何も悪いことは起こってないような、気はするけど…)

「龍のように大きな鳥の姿を見た者には不幸が訪れる、でもその卵を得た者は、幸せになれる」

 この世界のいろんな場所で、ほぼ同じ内容で言い伝えられている巨大鳥の伝承。各地で自然学や地質学を研究しながらも、嘘か誠かわからないこの伝承について調べるため、リカルドは長年旅をしている。20歳から旅を始めてもう9年。三十路も近づきつつある中で、ついに鳥の“実物”に会うことができたのが、誰も知らない荒れ地の中にある小さな村だった。

(巨大鳥は実在する、それなら、卵も、伝承も、実在するのかもしれない…)

 あの鳥の背に乗っていた少女は、どこの誰だろう。不幸を振りまくために飛び回っているのだろうか。でも泉で見た時の様子だと、鳥をコントロールできていない感じだった。あの子自身には不幸は起こらないのか…。考えれば考えるほど、疑問は増えるばかりだ。
自分のこの2本の足の鈍さが、もどかしかった。

(途中で馬か駱駝を借りられればよかったけど…)

 それにしても追いつくのは難しかっただろう。それに、鳥を見た人々の反応を聞きながら足跡を追っていくことは、リカルドにとってとても有意義だった。そうやって3ヵ月、ようやく、拠点の1つがあるストネの街に着いた…。

+++++++++

 北の村からはるか南、馬車でも1週間かかる距離にある、ストネの街。ア王国の西部にある、人口5万人ほどのそこそこ大きな街だ。隣国、エルラン帝国へと続く街道が通っているため、人やものの通行が多くにぎわっていて、宿場町的な役割も果たしている。いろんな情報が集まることから、リカルドも研究の拠点として重宝している街でもある。

(あぁ、なんだか、北の村の景色が夢のようだな…)

 久しぶりの街の喧騒を全身で感じながら、ボンヤリ思い出すリカルド。
何もない荒れ地、干ばつに見舞われ、全てが枯れてしまっていた北の村。
運良く太い水脈を当てることができ、水源を作ることができたのは本当によかった。水路建設の途中で自分は出てきてしまったが、もう今頃は運用が始まっている頃だろうか。もしかしたら、いい加減雨も降っているかもしれない。ア王国はそのほとんどが温暖湿潤な気候だ。一年以上一度も雨が降らないというのは、あまりにも異常なのだ。

 干ばつによる災害がなければ、そしてあのユートリア卿の肥え太った姿を見ずにすめば、きっと居心地のいい村に違いない。何もないけど、それで満ち足りている村。

(ゴナンも元気かな。きちんとご飯を食べられているといいなあ。アドルフさんとも、もっといろんな話をしたかったな…)

 これまで必要以上に深く人と関わりすぎないよう努めてきたリカルドにとって、あの村での日々は自分にとって想定外ではあったが、悪い経験ではなかった。しかし、あの遠い遠い村での出来事も、今や夢の向こう側だ。

(しかし、さすがに疲れたな…)

 時刻は夜。疲労困憊し、ふらふらと歩きながら、リカルドはこの街にある自分の拠点へと向かう。宿屋が建ち並ぶエリアの一角にある飲み屋街。すでに大いににぎわっている時間帯だ。その中の1軒、看板に「フローラ」と書かれたバーの扉を開いた。

「こんばんは」

 そうあいさつしながら、薄暗い店内へと入る。手前にはバーカウンター、そして奥には店員が接客をするラウンジが広がり、すでに多くの客でにぎわっている。リカルドは旅の大きな荷物を店の一角にドサリと置いて、ふう、と手前のカウンターに座った。カウンター内の人物が、リカルドに話しかける。

「こんばんは、じゃなくて、ただいま、でしょ」
「そうだね、ただいま、ナイフちゃん」

 ナイフと呼ばれたその人物は、リカルドの顔を見るとすぐに、オーダーを確認することなくキィ酒のロックを作り始めた。

 真っ赤な短髪にエメラルドグリーンの瞳を輝かせる、褐色の肌の、見た目は、男性。しかし美しい化粧を施し、体にピッタリしたドレスをまとっている。リカルドより少し低いくらいの背で、恐ろしく鍛え上げられた体躯の厳つさを隠そうとはしていない。そして、自身のことを「ちゃん付け」で呼ぶように周りに強要する。洗練された独自の美的センスを纏う彼、いや彼女と呼ぶべきか、この人がバーのオーナーである。

「今回は随分、長かったじゃないの。それにちょっと、顔色が悪いんじゃない?」

低い声だが女性らしい言葉遣いで、語りかける。
「そうだね…、結構、疲れちゃったよ。北の村に行ってたんだけど」
「……ああ、だいぶ北の方に、小さな村があるらしいわね」
そう言ってナイフは。キィ酒をリカルドに出した。
「そうそう。そこでね、巨大鳥を見たんだよね」
「巨大鳥って、あなたが探し回っているあの鳥?」
「そう! やっぱりいたんだよ、本物が」
 そう話したところで、リカルドは奥のラウンジの賑わいが気になった。

 このラウンジは、ナイフのように女装した男性がキャストとして接客をする、いわゆる女装バー。この街でもちょっとニッチな飲み屋だ。キャストの面々も、女装や美しい服装をするのが好きな男性から、体は男性ではあるけど心は女性という人まで、それぞれ。ナイフの面倒見のよいキャラクターもあって、皆いきいきと働いており、普通のラウンジとはひと味違うアットホームな雰囲気が居心地良い。コアなファンが多いお店でもある、が。
「なんだか、キャストちゃんたち、増えた?」
確か、以前訪れた時はキャストは5人ほどだったが、10人はいるように見える。
「そうね、ワケありの子を拾ったり、いろいろね…」
 このような街だから、時として事情のある人も多く流れてくる。そう言う人を見捨てられず面倒を見てしまうのも、ナイフのよい所だ。誰も彼も受け入れていると危ない目に遭いそうだが、ナイフは自身で用心棒も兼ねることができるので、特に問題はないらしい。昔はどこぞかで格闘家をしていたという噂も聞く。

「可愛い子も入ったのよ、今日デビューなの。あなたにつけてあげるわ」
「え、僕はいつも、キャストちゃんはつけないんだけどなあ…」
ナイフはウィンクして、「デイジーちゃん!」と一人の人物を呼んだ。素早くリカルドの元にやってきて、硬い表情で挨拶するデイジーちゃん。

「…は、初めまして。デイジーです。今日からお店に入らせてもらっています。今日はようこそ…」
「うん、よろしく……。……え! あ、あれぇっ??」

デイジーちゃんの顔を見て、リカルドは驚きのあまり情けない声を挙げ、椅子を倒して立ち上がった。

「ちょ、ちょっと、なんで、ここにいるの? 何やってるの? ゴナン…!」

「あ…! リカルド、さん…!」

そこには、化粧を施されドレスを身にまとい、デイジーと自己紹介したゴナンが、立っていた。


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