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連載小説「オボステルラ」 【第二章】19話「熱」(1)


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第二章の登場人物



 翌朝。

もうすっかり雨は止んで、雲一つない晴天である。リカルドは一人で1階に降りてきた。すでにナイフがお店にいる。自宅が店のすぐ裏にあり、自身の朝食はお店で作っているのだ。

「あら、おはよう。ゴナンは? 今日は武器屋にいくのでしょう。今から朝食?」

「いや、それが…」

泣きそうな顔のリカルド。

「え? 何?」

「ゴナンが、ゴナンが…」

 リカルドの尋常ではない様子に、ナイフが慌てて2階へ上がると、ベッドでゴナンが熱を出して寝込んでいた。額に触れると、かなり熱い。

「ど、どうしよう、ナイフちゃん。ゴナンの熱が、とても高いんだよ」

オロオロと慌てるばかりのリカルド。

「あら、大変。熱冷ましの薬もあるにはあるけど……、熱が高すぎるわね。ひとまずお医者さんを呼んで来ましょうか?」

「頼むよ…。ゴナン、昨日あんなに元気で、ご飯もいっぱい食べていたのに…。どうしよう……」

ナイフに泣きつくリカルド。

「役に立たない木偶でくの坊ね…。ひとまず、濡れたタオルを額に乗せてあげて」と呆れながら、ナイフは医者を呼びに出かけていった。

騒ぎに気がつき、ミリアも部屋を出てきた。

「おはよう。どうしたの?」

「ああ、ミリア。近づかない方がいいよ。ゴナンが高熱を出してしまって。感染うつるものだったらよくないから…」

それを聞いてミリアはまた、哀しそうな顔をする。その表情にリカルドはすぐに気がついた。

「……ミリア。人が熱を出すのには必ず原因があるんだ。何かの流行病に感染したとか、体が弱っているとか、ね。ただ不運だから熱が出る、なんてことはないからね」

言い聞かせるように語るリカルド。ミリアは深く頷いた。

「リカルド。わたくし、考えたことがあるの。きちんと見つけてから、お伝えするわ」

「?」

ミリアはそう言って、自分の部屋へ戻っていった。よく意味は分からなかったが、昨晩よりは表情が少し晴れやかになっていた。

(…ただ、また突拍子もないことをしなければ、いいけど…)

昨日の今日で、ミリアという少女のことが少し分かってきたリカルドだった。


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「うーん…」

やがて、ナイフが町医者を連れてきた。寝込むゴナンに聴診器を当てたり、喉を見たりとあれこれ診察している。

「先生、ゴナンは、ゴナンは……?」
「ちょっと、リカルド、うるさいわよ」

医者に泣きつくリカルドを、ナイフはうっとおしがる。ミリアも部屋のドアの外から、心配そうに見ている。

「そうだな……。熱が相当に高いけど、咳やくしゃみもなければ喉の腫れも肺の音もないし、下痢嘔吐もないようだから、流行病の類ではなさそうだな。疲れが出たのかな。それか、何か急に環境が変わったとか、過酷な環境に身を置いていたとか、そういうことはある?」

医者はリカルドに尋ねる。

「……それは…。全部、当てはまります…。あ、そういえば…」

リカルドは思い出して、デスクの引き出しからアドルフからの手紙を取り出して開いた。

「…この子のお兄さんが心配していたんです。昔からあまり体が強くなかった上に、水道も発光石の照明もないような僻地で生まれ育ったから、街の空気が合わないかもしれないと…」

「ああ、なるほどね。そういうことはあるかもしれないね」

苦しそうに寝ているゴナンの顔色を見る医者。

「普段から街の中で暮らしている私達は平気でも、自然の空気にしか触れてこなかった人にとっては毒になる『街の空気』があると言われているからね。私はその例を見たことはないが、そういうのにあてられたという可能性もある。何はともあれ、対症療法しかないね」

 そう言って、鞄から薬を取り出す。

「この解熱剤を1日3回飲みなさい。眠くなる薬だから、寝れば少し楽になるよ。汗をかくからこまめに拭いてあげて、額や脇をなるべく冷やして。できれば氷があるといいが…」

「裏の氷室にお酒用のがあるわ。氷嚢を作るわね」

「あとは、ご飯をなんとか食べることだね。食欲がなかったら、果物でも砂糖水でもいいから、何かを口にして、水もきちんと飲ませること」




 リカルドは医師の話を細かくメモして、ゴナンの看病の仕方をしっかりと頭に入れる。その様子を見て、そういえばリカルドはこの街に戻ってきて以来、ゴナンにかかりきりで本業の研究らしきことは何もやっていないけど大丈夫なのかしら、と思ったが、口にはしなかった。

「あとはこの子の体力次第だね。まあ死ぬことはないだろうさ。多分ね」

「多分?」

「往診代はあとで請求出すから。では」

「多分……?」

リカルドが医者の一言にとてつもなく不安な顔を見せたが、町医者は笑って帰っていった。

「え、多分…? 死ぬかも…?」

「リカルド、大丈夫よ、生きるわよ。心配しすぎよ」

「……だって、ゴナンがこんなに苦しそうで、熱もすごく高いんだよ。お医者さんも、『多分』って……。ああ、昨日、雨に濡れたから…」

「いえ、あなたの方が何倍もびしょ濡れだったじゃない。ゴナンはほとんど濡れていなかったわよ」

ナイフは、呆れ顔でリカルドを見る。

「何?」
「……2度とあなたのことを、冷静沈着な男だなんて呼ばないから」

「リカルド、さん……」

そのとき、ゴナンが目を覚まして、リカルドに声をかけた。

「ゴナン……。苦しい?」

「武器屋に、行く日なのに……」

そう言って、ゴナンは体を起こす。が、熱でめまいがするようだ。ふらつく体をリカルドが慌てて支える。

「こんな体調で行っても、何も探せやしないよ。大丈夫、ゆっくり休もう」

「……早く、剣を選びたい……」

熱で意識がもうろうとしているからか、珍しく何かが欲しいと口にするゴナンに、リカルドは少し驚いた。

「だったら早く治そう。さ、この薬を飲んで、眠れば楽になるらしいから」
そう言って、薬草の粉末を水で飲ませる。苦そうにするゴナン。

「何か食べられそう?」

ゴナンは首を横に振る。食欲もなさそうだ。

「いいよ、無理せず。さあ、ゆっくり眠って。疲れがたまってしまっているんだよ。剣は逃げないからね」

 ゴナンをベッドに寝かせて濡れタオルを額に乗せ、ゆっくりと頭を撫でた。ゴナンは何か言いたげな顔をしていたが、やがてウトウトと眠りに入っていった…。


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