世界の音、自分の音
世界は、
見ようとしなければ見えないものだらけだし、
感じようとしなければ感じられないものばかり。
新卒時代に入った会社の説明会では、
社長が熱弁していた。
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今朝ここにくるまでにピンク色のモノといくつ出逢いましたか?私もわかりません。
でも、今日ここに来るまでに、ピンク色のモノがいくつあるか数えてきてくださいと言われたら、、、?
幸せってそういうものだよね。
気の置けない友達とのおしゃべり。
自分のためのご褒美の美味しいもの。
大切な人とのご飯の時間。
手の中の幸せに気づくこと。
私たちはそのお手伝いをしたいと思ってる。
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ありがちな話のように聞こえるかもしれないにけれど、それをまっすぐに情熱的に伝えてくれる社長はとても素敵に見えた。
私がこれから見ていたい世界は、どんな色で溢れているんだろう。
どんな表情が周りにある。どんな感情で満たされてる。?
自分の見たい景色を志した頃から、10年。
もう一度見つめ直してみる。
今はもう私がその色で、いられる。
森山直太朗さんの曲は素敵なものがたくさん☺️
音楽を聞いてて、イヤホンを外した時、
世界は無音だったことに気づく。そんな世界で自分の音を奏でるって、恐いことにも思える。
ぁぁ、世界のベースは無なんだなんて思って少し絶望した頃をふと思い出しながら、
でも、じっと耳を澄ますと、世界の音がした。
自分の音もした。
この中でこそ、調和するような、本当の自分の音を、奏でていけるのかしらって。仲間や大切な人たちの音にも、のせていくように、混ぜていくように。
私は誰かや何かとの間に、上手に線がひけなかった。分ける事ができなかった。心や感情での繋がり方しかわからなくて、無理矢理に空の高いとこまで行った。イヤホンで遮った。
同じだけじゃない、違いを見つめていられるようになったのはまだまだ最近。自分と誰かとを分けることで、誰かの音をちゃんと聞けるようになったり、自分の音を出せるようになる人もいるみたい。
もう、繋がっていけるみたい。
世界と、自分の真ん中。
やっとひろがる、協奏◎
楽器の弦は、ゆるみすぎても、張りすぎても、綺麗な音がでないって。ちょうど真ん中。
チューニング中。🪕
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