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柿ぴー


小さい頃、柿ピーが苦手だった。

正確には、柿の種が苦手だった。ちょっとピリッとしているのがダメだった。辛いならもっと辛ければいいのに中途半端に辛い。炭酸のジュースすら苦手な私の舌。少しの辛みでも刺激的だった。
それなのに、強がりな私は「柿ピーを食べることを拒むと子どもっぽい」と必死に食べていた記憶がある。

でも、ピーナッツはむしろ好んで食べた。一般的にピーナッツが好きなのではなく、柿ピーのピーナッツがいいのだ。塩加減が絶妙で、柔らかく、ややオイリーな感じがたまらなかった。
父が柿ピーを食べ始めるたびに、ピーナッツだけ先に一人で食べ荒らしていた。柿の種が苦手だと悟られないように、一応柿の種も食べた。1柿の種につき、5ピーナッツ食べていたら怒られた。

大人になってからも、しばらくは柿ピーを食べていなかった。
居酒屋などのお酒の席では枝豆とか、出し巻き卵が酒のつまみだったし、私は家だとあまりお酒を飲まないので、おやつとして食べることもなかった。
でも、26歳の時だった。
デンマークに留学したのである。
留学する時には何かしらの日本食を持っていく。悩んだ末、なぜか柿ピーが指名された。指名された、というか、私が指名した。理由は全く覚えていないけど、多分海外の友達に日本のおやつを振る舞いたいとか、「ジャパニーズ・酒のツマミ」代表だったんだと思う。
もちろん、食べられないわけじゃないから、小腹が空いたら食べたらいいという気持ちだった。留学という大イベントの相方選びにしては、なんとも適当な選考基準である。

デンマークについてからも、しばらく距離を置いていた。
距離を置いていたのは、食べ慣れないからというのと、貴重な日本食でもあったからだ。正直デンマークの食事は美味しくない。生野菜のサラダすら不味かった。
留学も残すところあと1ヶ月ほどの時、戸棚の奥にオレンジ色の袋に気がついた。柿ピーだ。
その時の私は小腹が減っていた。
でも、賞味期限が切れていた。放置し過ぎたことに罪悪感を抱く。
みなかったことにした。

ガサツに袋を開けてボリボリ食べてみた。
衝撃が走った。
柿ピーってこんなに美味しかったのか。
こんなに美味しい食べ物だっただろうか。
柿の種の程よい辛み、ピーナッツの塩っけ。味が変わったのか?いや違う、大人になったんだ。美味しいと感じる年齢に到達したんだ。
「酒などいらない。これは一つの完成した料理である。」

この感想はデンマークマジック(ご飯が美味しくない国にいると、おいしさを過剰に感じること)だったと帰国後に気づくが、今は美味しいとか、美味しくないとかの次元じゃなく、止まらない。一袋あっという間になくなる。

最近、ジップロックタイプの柿ピーを店で発見した。初めてみたので、嬉しくなって、家にまだあるのに買ってしまった。少しずつ食べられると想像すると、なんて便利だろうか。涙ものである。
結局、一袋すぐに食べ終わってしまったので、そのありがたみを享受することはなかった。

柿ピーを食べながら、叔父が頭に浮かんだ。

小さい頃、叔父が苦手だった。
釣り上がった細い目が怖くて、佇まいが威圧的だった。いつも接する人とは違う雰囲気を感じていた。いつもセカンドバックを持って歩いていたし、やたらとカラフルなセーターを着ているのも気になった。
幼稚園児ごろの私は、叔父が家に来ると別の部屋に行って帰るまで待機していたこともある。人見知りが酷かったのもあるが、相当失礼な行為だと今でも思う。
でも、全く嫌いじゃなかった。我が家に来る時はいつもケーキを買ってきてくれたし、正月に小学校1年生の私にお年玉5千円入れてくれたのも叔父だけだった。高校生になると、叔父と別の誰かが話しているのを聞くことができるようになった。でも、私が会話に参加することはなかった。

叔父と話せるようになったのは5年ぐらい前。二十歳を過ぎてからだった。
きっかけは、ある正月の時に叔父が「中国語と韓国語の違い」の会話だった。
私は高校、大学と中国語を勉強していた。高校の時からすでに中国人や韓国人がクラスにいたから、2つの言語の違いは耳で聞けばわかる。
でも、普段外国人と接しない叔父には区別がつかないそうだ。

「すごいな、お前」
そう言われてから、話せるようになった。そのあとなぜか私が中国語を披露させられる羽目になり、ちょっと嫌いになったが、その正月の後も、叔父とは普通の会話が出来るようになった。何がきっかけで打ち解けるか分からないなと思った。
話を聞いていてやっぱり一般人とは違った経歴を持つおじさんだと分かった。子供の時のカンは当たっていたんだと分かってむしろ嬉しかった。

「おじさんってこんなに面白い人だったんだ」

そう気づくまでに20年もかかった。


嫌いとか苦手って思っても、時間が経てば好きになるものがある。
もちろん、ずっと苦手であり続けるものもある。
例えば炭酸ジュース。
ゆっくりじゃないと飲めない。パチパチと舌で弾けて痛い。
でも、あと20年したら、もしかしたら飲めるようになってたりして。
そんなこと考えた日曜日。

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