無国籍であるということ。チェルケス人から聞いた話
生まれて初めて、無国籍の人に出会いました。
「国籍がないからパスポートもなくて、トラベルドキュメントで国を移動しているんだ」と、その人は言いました。
彼は色々な国を転々としながら暮らしていて、今はジョージアに住んでいます。
彼以外の家族はトルコに暮らしているのですが、数年前にトルコの空港で入国を拒否され、それからずっと家族に会えない状況が続いているそうです。
会えないあいだに彼のお母さんは病気で亡くなってしまいました。
壮絶な身の上話に言葉を失いました。
そういう反応に慣れているのか、彼は淡々と話を続けました。
「僕は自分の名前も勝手に2回変えられてるんだ」
1度目は、公式文書の名前にミスがあったけど直してもらえず、2度目は、ある国に入国する際に理由も分からず変えられたそうです。
それまで、国籍というのはあって当たり前のもので、そこに紐づく情報は人のアイデンティティの大きな根っこになるものだと思っていました。
それが無いという人生は、なかなか想像しがたいものです。
国を追われたチェルケス人
彼の家族の生い立ちを聞きました。
彼のお父さんは、現在の地図でいうロシア南西部のソチという街のそばの山岳地帯でチェルケス人(別名:アディゲ人)として生まれました。
チェルケス人は、コーカサス山脈周辺に居住していた民族で、母語はチェルケス語、主な信仰はイスラム教スンニ派です。
18世紀から1864年までおよそ3世紀にわたってロシアの侵攻・支配・虐殺などをたびたび受け、その後は9割のチェルケス人がロシアから追放、他の国に強制移住させられたそうです。
移住先は、トルコ、シリア、パレスチナ、ヨルダン、イラクなどイスラム教圏の国が多いですが、ドイツやアメリカなどにも数万人が居住しています。
彼のお父さんは、最初にシリアに移住し、そこでシリア人の奥さんと出会い結婚。その後一家はパレスチナに移住しました。
ところが、彼の話によると、ある日突然、政府でも軍でもない一般のイスラエル人たちが家にやってきて「今すぐ出ていけ」と言われ家を追われたそうです。
これは現在も混乱が続くイスラエルとパレスチナの問題に関連しますが、イスラエル建国後の領土拡大によってこうしたことが民間レベルで起こっていたのだと思います。
住処を2度も失った家族はトルコに渡り、現在に至ります。
チェルケス人の文化
ロシアに故郷を追われ、イスラエルに家を追われた経験から、彼は、その両国は嫌いだとはっきり言っていました。
でも、「親友はロシア人」「ユダヤ教そのものが嫌なわけではない」とも言っていたので、潔癖にすべてを憎んでいるわけではなさそうです。
人生の大半をシリアやトルコで過ごした彼は、母語のチェルケス語のほか、トルコ語とアラビア語も話すことができます。
アラビア語人口は世界に約4億人以上いることから、国を移動しても仕事には困らないそうです。
彼から聞いたチェルケス人の文化で面白かったのは、掃除は男性がするものという考え方です。
家族で暮らしているとき、彼の母や妹には一切掃除をさせず、男性陣だけが掃除をしていたそうです。
女性の私からすると素晴らしい慣習だと感じました(笑)
反対に、震撼したのは、誘拐婚の伝統です。
チェルケス人には、男性が女性を誘拐して結婚するという儀式のような伝統があるそうです(現在、実際にどのくらい行われているのかは不明)。
この伝統は、同じコーカサス地方のジョージアにもあります(ジョージアとは、民族衣装、ダンス、音楽など多くの共通点があるそうです)。
「誘拐された女性と家族には断る権利があるのか」と尋ねたところ、チェルケス人の彼は「ある」、ジョージア人の別の友人は「ない」と答えていましたが、真相は不明です…。今度、機会があったら調べてみます。
ちなみに、過去にそのチェルケス人の友人が誘拐婚についてテレビ取材を受けたとき、番組放送後にテレビ局のSNSに誘拐婚への批判コメントが殺到したそうです。日本で放送しても炎上しそうです…。
国籍がないということ
チェルケス人の友人は、私の母がジョージアに来たときに、おすすめの観光スポットを教えてくれたり、ツアーの予約を手伝ってくれたりしました。
そして、ときどき「お母さんはジョージアを楽しんでる?」と気にかけてくれました。
彼自身は家族に会いたいときに会えず、会えないまま母を亡くしているにも関わらず。
あれはきっと彼が自分の家族にやってあげたいことだったのかな、と思うと、胸が苦しくなります。
彼に今まででいちばん住み心地の良かった国を聞いてみると、「トルコかな」と言っていました。
でも今、彼はトルコに入国を拒否されています。
帰りたい場所に帰りたいときに帰れないというのは、非常に厳しく残酷な状況だと思います。
現在、世界には推計430万人(国連調べ)の無国籍者がいるそうです。
世界人権宣言では「すべての人が国籍を持つ権利を有し、何人もほしいままに国籍を奪われることはない」と謳われていますが、実際には国籍がない人がこんなにいます。推計から漏れている人も含めると1000万人いるとも言われています。
国になるくらいの膨大な人数です。
私たちはよく、「あの国は」「この国は」と国の単位で世界を語りますが、そのとき私たちは、自然と無国籍の人たちを蚊帳の外にしてしまっているのだということに気づきました。
私も無意識に彼らの存在を透明にしてきてしまったひとりなのではないかと思うと、無知や無関心は恐ろしいことだと感じます。
初めて無国籍の人に出会い、またひとつ当たり前という概念が壊れ、多くのことを考えさせられました。
今はただ、彼が早く自分の家族に再会できることを、帰りたいときに帰れるホームのような場所を見つけられることを願っています。
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