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公園とアイスと夏夜の幻


今年の夏は、夏らしいことを何ひとつせずに
終わってしまうんだろうな、と思っていた。


状況を考えても今は遠出ができない世の中だし、
何より、今週末から来月の頭にかけて、仕事で大事な
イベントが立て続いて予定されていた。

だから正直お盆どころじゃないし、まずはこの仕事を
終わらせてからじゃないと、夏休みなんて呑気なこと
言っている場合じゃない。夏を楽しむ余裕なんてない。

それなのに、毎日気温はどんどん上がっていくし、
Instagramのストーリーにはキャンプや花火、
バーベキューをしている人たちの楽しそうな動画が
上がってくるし、

わたしはひとり夏から取り残された気分で、
会社がある渋谷の人混みを、ずっと先の方を見て
早足で歩いていた。


「今週久しぶりに、みんなでご飯行かない?」

滅多に通知なんてこないLINEにメッセージが届いた
のは、数日前の夜だった。

大学時代の友達からの、久しぶりの連絡。

ただご飯を食べるだけだったけど、人に誘われる
ということがほとんどない上に、こんな状況では 
誘うことも憚られる中、一人で悶々としていた夏。

今年一番の知らせに、単純なわたしの心は踊った。


そのメンバーで会うのは半年ぶりくらいだった。

学生時代は週に何度も会っていたし、社会人に
なりたての頃も、一時期毎週のように会っていた
から、こんなにも間隔が開くのは新鮮で、なんだか
少し照れ臭かった。

けれどお店に集合して、乾杯して料理がテーブルに
並び始めたあたりから、時間は学生時代に一瞬で
戻った。

手に持っているのはコンビニの缶チューハイの代わり
にシャンパングラスで、目の前の料理は枝豆や唐揚げ
の代わりにブイヤベースやリゾットだったけれど、

会話の内容のたわいなさも、そこに流れる空気の
明るさも、何もかも、あの頃とほとんど同じだった。


あの頃は手が出せなかった値段のワインをたくさん
飲んで上機嫌になったわたしたちは、あまりの暑さに
お店を出て3秒で打ちのめされて、一直線にコンビニ
に駆け込んだ。

たまたま近くにあったコンビニは、学生時代に毎週
連れ立って足を運んでいたセブンだった。

今も、思い思いにアイスを選び、レジに持っていく。
その光景が、なんだか懐かしかった。


二次会をやるにはあまりにお腹がいっぱいになって
いたし、時刻も、真夜中まであと少し、という時間
だった。

アイスを食べながら、足はなんとなく公園に向かう。

結局いつも、どんなに美味しいものを食べても
コンビニのアイスに戻るし、どんなにおしゃれな
お店で食事をしても最後は公園に行き着くのが、
わたしたちらしかった。


夏の夜の暑さを舐めていたわたしは、絶対に溶ける
に決まっているスイカバーを買って、ひとり手が
べたべたになりながら夜道をふらふらと子供のように
歩いた。

スイカバーを最後に食べたのはいつだろう、社会人に なってからは一度も食べていないから、大学の頃かな。

そんなことをぼんやりと思い出しながら、友達が
くれたウェットティッシュを片手に、へらへら
笑っていた。


公園に着いた頃には、もうアイスは平らげてしまって
いた。

座れるようなベンチもなく、広場の真ん中で向かい
合ってただ立っている若者が4人、という奇妙な光景。

熱風により上がり続ける体温に蚊が寄ってきて、
早速何箇所か刺される。

蚊に刺されるのも、久しぶりだった。


「ああっ、また刺された」

「あの子に連絡しようかな、どうしようかな」

「さっきのご飯、全部美味しかったねえ」

各自好き勝手に思ったことを口にしていたとき、
唯一まだ大学院に通っていた一人が、

「社会人になっても、こうやって公園で円陣組んで
話すこともあるんだねえ」と呟いた。

一瞬顔を見合わせたわたしともう一人は、

「うん、あるよ。全然ある。」

「社会人になったって、大して変わらないもんだよ。」

と、彼女に言った。


「そっか、なんか安心した。」

わたしたちが口にした言葉は、そうであって欲しい、
という願いも含まれていたかもしれない。

だけど今、実際にこうして公園でただ話す、という
時間を過ごしているのだし、あながち嘘でも希望的
観測でもないんじゃないだろうか。

少なくともあと数年は、将来のことなんて考えずに、
コンビニのアイスを買って、公園でくだらない話を
永遠にしていたい。それはたぶん、祈りにも近かった。


せっかくたどり着いた公園での滞在時間は、
猛暑によって10分と持たなかった。

早々と公園を後にして、駅に向かう。

「みんな、元気そうでよかったよ。」

「また、涼しくなったら会おう。」

駅の構内に入り、別々の改札に吸い込まれていく。

その後ろ姿を見送るたび、僅かに胸がきゅっとする
のはきっと夏の夜だからだ、と自分に言い聞かせて、
その感情をかき消すように手を振り続けた。


帰り道、ひとりになってもやっぱり暑さは変わらなかった。

今日はほんとうに、信じられないくらいの熱帯夜だ。

早く夏が終わればいいのに、と心の中で夏に悪態を
つく。

でも、今日みたいな夜がたまにあるのなら、 
もう少し、夏が続いてもいいかもな。


大好きな人たちと、コンビニのアイスと夜の公園。
それだけで今年の夏は、もう充分だった。

海も花火もバーベキューもないわたしの夏は、端から
見たら夏と認定されないような夏、かもしれない。

だけどわたしにとっては、なぜかいつもより、
特別な時間を過ごしたような気がしていた。

「ああ、夏だなあ。」

そんな独り言を、闇に向かって呟いてしまうくらいに。

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