車と楽器とランジェリー

「君は女性的な感性を持っているけれど、思考回路は非常に男性に近いね」

机を挟んで向かいに座る男性は、腕を組んで私をそう評した。

男は勝手知ったる様子で椅子に深く腰掛け、こちらを見つめている。口元には笑みが浮かんでいた。その佇まいを前にして私は、まるで敏腕の獣医か、動物写真家のようだと感じた。

浅黒い肌と少し白髪の混じり始めた髪を持つその男は、プロダクトデザイナーだった。
サマーセーターに、インド綿のスカーフを複雑に首元に巻きつけた出で立ちは、とても今時の服装であったが、その男の眼はとても知的な水を湛えている。
その、鯨のような瞳を前にして、私は「この人なら信用できる」と思ったのだった。動物的勘に近いかもしれない。

「そうかもしれません。例えば...私は車が好きなんですけど、車のどんなところに惹かれるかというと、単純に速いかどうか、最新型かどうかというよりも、操作性の良さだとか、トルクが大きいか、馬力はどのくらいなのかとか、つまりそういうデータなんです」

所詮はツールですから。使う人間が重要なので。
そう呟く私に、ふんふん、と相づちを打ちながら彼は私を見ている。

「僕も車好きだよ。昔ランクル乗っていたけど、あれは良かったよね」

彼は、事務所の奥のキッチンでコーヒーを淹れている女性にそう話しかけた。

「あれで色んな所行ったね。インドに行く前に売っちゃったけど、結局10万キロ近く乗ったね」

女性は、事務所の共同経営者でもあり、デザイナーの男性の配偶者でもあった。白髪の混じった髪の毛を綺麗に一つに結い上げていて、その姿勢の良さは彼女が長年踊っている舞踊のおかげだと推察された。
私が今日ここに来たきっかけも彼女だった。初めて行った仕事現場に、ダンサーとして来ていた彼女と名刺交換をした時に、彼女が持っていた名刺がとても綺麗だったので、そのデザイナーである彼を紹介してもらったのだった。

彼女は、コーヒーを卓に置いて、脇の椅子に腰掛けながら
「女性っぽい趣味は無いの?女性っぽいっていう表現もおかしいけれど」
と尋ねてきた。
「そうだなあ。料理は全くできなくて、留学中は3食ステーキでしたし...。
ファッションも好きだけど、流行を追いかけるのは苦手。最近洋服は、三宅一生かVivienne Westwood、ラルフローレン、アルマーニでしか買いません。
タエアシダも好きだけど、最近着なくなっちゃった。
日本で展開されているLaura Ashleyは苦手だけど、現地で売っているLaura Ashleyなら許せる」

彼女の弧を描く眉と男のスカーフを交互に見つめながら、私は少しずつ自分のことを話した。

「今日着ているのはKenzoのサマードレスだけど、これもパターンが本当に美しいんですよ」私は立ち上がって、ドレスの全貌を見せた。
彼らは「本当だね」「最近こんなきれいなドレスなかなか無いでしょ」などと評しあっている。

「あ、あと、良いランジェリーが好きです。でもね、秘め事(はーと)みたいな感情では全く無いです。
Tバックしか履かないのは、ジーンズやスカートに、下着のラインを浮き立たせないため。ガーターストッキングが好きなのは、その質感が普通のストッキングとは全く違って美しいからです。
私は、ストッキングを履くことで社会に隷属している気分になりたくないから、自らの意志で履きたい時にしか履かないんです。
女性のストッキングに欲情する男性っているじゃないですか。ああいう人が興奮するような『抑圧された女性像』に押し込められるのは嫌」

「わかるー」

彼らの相槌が揃った。私たちは声を上げて暫く笑い、はぁ、と息をついた。

「君は、"ツール"が好きなんだね」
暫しの沈黙の間、男はそう言った。

「ほら、演奏家って楽器に名前つけて可愛がったりする人もいれば、取り組んでいる楽曲に対して熱く語りだして止まらなくなってしまう人もいるでしょう」
男の言葉に、彼女は
「愛する対象は同じでも、愛し方が違うってことかな」
と首をかしげた。

「ああ、確かに。バレリーナに憧れる女性はパステルカラーのお洋服やレペットのバレエシューズを身につけるけど、本当のバレリーナは普段は機能的な服装をしているみたいな感じかな...ちょっと違うか。まぁいいや。
私にとって楽器はツールです。車や、洋服と同じ。でも、私はそれらに妥協はしないかな」

男の目線に、獣医師のような、写真家のような何かを感じた理由が分かった気がした。彼は私を分析していたのだ。

分析されるのは心地よい。
解釈されるのは苦手。
生き物の行動や思考を理解するために私情を介入させるのが得意でない。
無責任に解釈したことで人を傷つけたこともあるし、それによって傷つけられたこともある。
人が他者を完全に理解することなど、出来ない。それならば、目の前の事象と徹底的に向き合うことで、理解できない部分を埋めていくしかないのだ。
そこに想像で虚像を建てるのではなく。

数日後に出来上がった名刺は、少し小振りで、掌に収まる大きさだった。
深い藍色の名前が端正に並んでいて、その傍に私の愛するツールの一部分が印刷されている。

「名刺の職業欄に自分の職業を書けるのって、相当かっこいいよね。会社員だったらその人の今いる部署でしょ。
奏者、なんてなかなか書けないよ」

名刺を見つめ、撫でる私に向かって、彼はそう言った。
また一つ大切なツールが増えた。私は革の名刺入れにそれを仕舞い、すっくと立ち上がり、深々と頭を下げた。

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