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日御碕の海がおしゃべりにする『神様の近くのタクシー運転手さん #02』

昨年の夏から、およそ月イチで出雲をひとり旅している。毎回、出雲大社を中心に、ピンときたところ(たいていは神社)を巡る。バスや電車で行くには不便な場所ばかりなうえにペーパードライバーなので、タクシーを利用することが多い。

タクシーを捕まえる直前は、毎回緊張する。数十分、長いときは2、3時間、狭い空間で運転手さんと二人きりになるのだ。もし感じの悪い人に当たったらどうしよう……と少し不安になってしまう。でもそれは運転手さんも同じだよな。というか運転手さんはこの巡り合わせを毎日毎日経験しているのか。すごい。さすがに慣れるのだろうか。

10月に出雲大社の神門通りで巡り合った運転手の飯山さん(仮名)は、一見無愛想な感じの男性だった。70代前半くらいだろうか。「日御碕(ひのみさき)神社までお願いします」と伝えると、ゆっくりうなずいて「賃走」のメーターを押すのみ。おぉ、無言……と思わず身構える。

でも、海沿いの細い道をしばらく走っていると「日御碕神社の近くに灯台もありますけど、そちらは行かなくて大丈夫ですか」とぼそっと話しかけてくれた。実は灯台があることは私も知っていたものの、今回は行かなくてもいいかなと思っていた。そのことには触れず、飯山さんに聞いてみる。

「やっぱり灯台も行っておいたほうがいいですかねぇ」

なんとも答えにくい質問だと、尋ねた1秒後に思った。私なら心の中で「知らんがな」と言うかもしれない。でも飯山さんは「うーん、そうですねぇ。日本一高い灯台だからねぇ。行っておいてもいいかもねぇ。うん」と返してくれた。最初の「うーん」には相手の質問に真剣に答えようとする誠実さ、最後の「うん」には自分の考えを伝えた後の照れくささが感じられた。

「じゃあ、行きます! 教えてくれてありがとうございます!」

テンション高めにお礼をすると、飯山さんはやはり「うん」と照れ笑いしてくれた。その後も、日御碕灯台の展望台にらせん階段で上る話や、断崖絶壁の中に新しく作られたホテルのことなど、思いついたように出雲観光の話をしてくれて、ひとしきり二人で盛り上がったらまた黙り込む。それを何度か繰り返した。お互いに無理に話し続けようとしない感じがとても心地よい。

出雲大社から20分ほど走ったら、日御碕神社に辿り着いた。飯山さんには駐車場で待ってもらい、一人で境内に入る。土曜日の午前中にもかかわらず、他の参拝客は数人。雲の多い空に朱のお社がよく映える。海が近いから、そよ風に潮の香りや湿気が乗っているのをおでこで感じる。

日御碕神社は天照大神を祀る下の本社「日沉(ひしずみ)の宮」と、階段を少し上ったところにあり、素戔嗚尊を祀る上の本社「神(かむ)の宮」からなる、らしい。素戔嗚尊が出雲の国造りをなされた際、自らの神魂を住まわせる場所を探そうと柏の葉を投げたところ、葉がこの神社の背後の「隠ヶ丘」に舞い降りたとか、なんとか。

漢字の多い文章を読むのが苦手すぎるので、どの神社にお参りしても由緒をろくに調べられない。今回も適当でごめんなさいと思いつつ、場の空気を感じられれば良しと勝手に決めた。不勉強でも笑って許してくれそうなやさしさを、この神社から感じた。広い海がすぐそばにあるからだろうか。

飯山さんを待たせすぎるのも申し訳ない。日沉の宮のお参りを終えた私は、駐車場に戻ろうと踵を返す。

「ぷぅっ」

5mほど歩を進めたら、なんとも気の抜けた音が聞こえた。へ?!と動揺しながら振り返ると、ジャンパーを着たおじさんが賽銭箱の前で黙って手を合わせている。私とおじさんの他には誰もいない。今の絶対おなら!参拝中におならしたんかーい!と思わず心の中で突っ込んでしまった。でもまあ、ここの神様はおならくらいでは怒らなさそうだな。

おなら事件がじわじわとおかしくて、マスクの下でにやにやしながらタクシーに乗り込む。

「めっちゃ良い場所でした! ありがとうございます!」

おならには触れずに飯山さんに話しかけると、飯山さんは「うん、うん、そう」と言う。相変わらず照れくさそうだけど、さっきよりも声が柔らかい気がする。

次に向かった日御碕灯台は、少し孤独を感じる場所だった。真っ白な石造りの灯台で堂々とした佇まいだけれど、日御碕神社よりさらに人が少ないのが寂しさを強調する。私が灯台なら、夜の海をひたすらひとりで照らす責任の重さに耐えられるかしら。展望台には上らず、灯台をしばらく見上げてから、海岸に連なる霜柱みたいな形の岩をスマホで撮った。

寂しかった、とは言わずに「来て良かったです」とだけ伝えてタクシーに乗り込む。飯山さんも特に質問することなく「うん」と小さく答える。

帰りは出雲大社の近くまで戻ってもらうことにした。来た道を引き返して海沿いの道を走っていると、しばらく沈黙していた飯山さんがぽつりと言った。

「昨日はここらへんの沖の島で釣りをして。もうさばいてあって、今晩はお刺身」

へええええ!釣りですか!何が釣れたんですか?と私が食い気味に聞くと、3種ほど挙げてくれたけれど「ヒラマサ」という高級魚しか分からなかった。

「息子と一緒に食べるの。うん。息子は無口であんまりしゃべらないんだけどね」

飯山さんの声色が明るくなり、濃くて太い眉毛が少し下がったのが斜め後ろからわかった。

「自分でさばくのすごい! よく料理されるんですか?」
「うん、するねぇ」
「わぁ! 得意料理とかあるんですか?」
「うん? 何でも作るからねぇ。和食でも中華でも何でも。昨日はかぼちゃの煮物を作ったねぇ。最近は便利な調味料があるでしょう。白だしっていうの?」
「あっ、白だしはたしかに便利ですね」
「煮物に醤油を使うと色も味も濃くなっちゃうんだけど、白だしだとちょうどよいよね。あれはいいねぇ」
「うんうん。かぼちゃって包丁で切るの大変じゃないですか? 私久しく切ってないです」
「うーん、男で力があるからねぇ。切るのは大丈夫」

ひとしきり料理の話をした後、ふと「飯山さんは、お酒は飲まれるんですか?」と聞いてみた。お刺身で晩酌するのかな、と思ったのだ。

「僕は全然飲めないねぇ。お母さんは強かったけど。息子は飲めるから、お母さんに似たんだなぁ」
「あ、お母さんって奥さんですか?」
「うんうん。数年前に病気で亡くなったんだけどね」

飯山さんは穏やかな声で話してくれる。そうか、奥さんは亡くなって息子さんと二人暮らしなのか。私は何と返したらよいか一瞬わからなかったけれど「それは寂しいですねぇ」と言った。

「うん。こればっかりは仕方ないねぇ」

お母さんの話はこれきり。私もそれ以上は尋ねなかった。でも、その後も飯山さんはお母さん以外の家族の話をたくさんしてくれた。飯山さんには広島に住んでいる娘さんと3歳のお孫さんもいること。コロナのときは娘さんたちがなかなかこちらに帰ってこれなかったけれど、お正月に久しぶりに帰省してくれたこと。冬は広島と出雲を結ぶ道路が雪で凍って危ないから、娘さんは自分で運転せずチェーン付きのバスで帰ってくること。

飯山さんは起きた出来事を語るだけで、そのときの飯山さん自身の感情はほとんど話さない。やっぱり照れくさいのかもしれない。でも、言葉の周りには、言葉にならない美しい感情がゆったりと浮かんでいる気がした。息子さんと二人で夕飯を食べる嬉しさだとか、離れて暮らす娘さんやお孫さんへの慈しみだとか。

実はこの旅の2ヶ月後、飯山さんにまたもや乗せてもらえた。私が「わっ、またお会いできましたね!」と言ってもピンときてなかったようだけど、「以前、日御碕神社まで乗せていただいたんです」と続けると「あ、うんうん」とだけ言いながら微笑んでくれた。私のことを思い出してくれたのかどうかわからない。でもまあ、どちらでもいいかなと思う。

再会したときも飯山さんはぽつりぽつりと出雲の話をしてくれたけれど、飯山さん自身やご家族の話はひと言も出なかった。
海をすぐそばに感じながら日御碕を行き来したあの日。のんびりとしていて、でも少しだけもの寂しさもある日御碕の空気が、飯山さんをいつもよりおしゃべりにさせてくれたのかもしれない。

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