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就活と、新卒で入ったアパレルメーカー(自己紹介③)

こんにちは、ななえです。

今日は自己紹介記事の続きを書きます。
①と②はこちらから!

短大でファッションについてより深く学び、中でもパターン製作に熱中した私。
パタンナーという、洋服の型紙を作るお仕事に興味がわくのですが、結果を先に言うと、パタンナーにはなりませんでした。
理由は色々あるのですが、一番大きな要因はリーマンショックです。
私が就活をしたのは、ちょうどリーマンショックの影響が一番大きかった年でした。
内定取り消しや採用人数を絞る企業も多かった時期です。
今のコロナ渦の状況と似ていますが、世の中が大きく不安定になると、パタンナーやデザイナーといった「今いる人材で回せる仕事」は募集がガクッと減ります。
新しい人材を入れて育成する余力が無くなるんですよね。
販売や営業といった、お金を生む仕事・売り上げに直結する部署は厳しい状況でも採用があったりするのですが、そうじゃない部署は真っ先に採用を絞られます。
そんな状況だったので、そもそもパタンナーの求人がほぼほぼ無かったんです。
他にも理由はあって、パターン製作が好きすぎて、仕事でやるのは厳しいかもしれないと思ったというのも理由の一つです。
仕事としてやるようになると、当たり前ですが好きなものばかり作るわけにはいきません。
流行や会社の方針、ブランドのコンセプトなど、いろんな制約があります。
その制約の中で服を作るより、趣味で好きな服を作るほうが楽しいし性に合ってるんじゃないかな? と思いました。
社会を知らないからそんな甘い考えになるんだ、みんながみんな好きなことを仕事にできるわけじゃない、と言う人もいるかもしれません。
でも、少なくとも当時の私は、自分の「好き」を曲げたくなかったんだと思います。

そんなこんなで、就活をしつつ色々と考えた結果、ファッションには関わり続けたかったので、地元の小さなアパレルメーカーに企画職で就職しました。
地方の小さなメーカーなので、企画という名の何でも屋状態です。
店舗での接客、商品倉庫での梱包と出荷、パタンナーや工場への指示出し、縫製仕様書の作成、店舗のディスプレイ、広告のデザイン……たぶん、総務の仕事以外はほとんどやったと思います(笑)
仕事自体は割と好きなことを色々やらせていただけたので楽しかったのですが、いくつか問題があって、8年ほど勤めた頃に退職を決意しました。
一番大きな問題は、いわゆるブラック会社だったことです……。
繁忙期の一番忙しい時は、朝6時から働いて帰れるのは下手すると翌1時とか2時、もちろん前日の帰りがいくら遅くても朝は6時とか7時から働くので、熟睡して寝坊しないように部屋の電気をつけたまま2時間ほどの仮眠で出勤したこともありました。
そんな長時間労働だけならまだしも(いや、これだけでもだいぶキツイですが)、繁忙期の間は休みも取れず、20連勤30連勤当たり前。
一番ひどい時は40連勤したこともあります。
繁忙期の間だけとはいえ、こんな生活をずっとは続けられない……と思ったんです。

思ったより長くなっているこの自己紹介シリーズですが、だいぶ今の私に近づいてきました^^
退職してからの上京転職、アカデミーでの勉強についてはまた次回書きますね。

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