中編小説:『RiNNe』- 碧
恋愛クリスマス企画参加作品
『RiNNe』- 碧 : <星巡伝夢>
『輪廻転生』なんて
信じていなかった。
そう…今までは。
成瀬 碧…僕はずっと何かを探し求めている。
その「何か」が何なのか…分かっていたら どんなに楽なのだろう。
雲の間にうっすらと浮かぶ月を眺めながら、ベランダでつく溜息が白く曇ると なんだか自分の中の靄になってゆくような気がして、慌てて手で白息を月の方へと払いのけた。
ー もうこれ以上 もやもやさせんな…。
好きな物を手に入れても、彼女の隣を歩いていても…
”これじゃない”
そう どこかで感じている自分がいる。
「何か」を求めて32年…未だその正体さえも掴めていない。
深いため息を もう一つ洩らすと その白息は自ら月へと進んで行った。
そんな溜息の心遣いに笑みがこぼれて
ー さんきゅ。
そう呟いた。
10月末の肌寒くなった朝…いつも通りに大学研究室へと向かうと工藤が山積みになった資料を漁っていた。
ー 朝から研究熱心だな。
そう声をかけると、ずり落ちた眼鏡に目を合わせようと 顔を天井高くまで上げながら工藤がこっちを向いた。
ー 成瀬さん…って…もう朝ですか…。
ー…お前…一晩中ここにいたのか…?
ー そうみたいです…。あっ、夕飯逃しました。
ー ってもう朝飯じゃないのか?
工藤は野暮ったいが天文学に置いては飛び抜けて輝いている5歳年下の研究員だ。僕にはこんなにも夢中になれる物も、追い求める物が何かさえも掴めていないというのに こいつは天体の様なキラキラした目で空を語る。工藤は自分の「何か」をどうやって見つけ出したのだろう。
僕は空を見上げる事が好きだ。ただ単に好きなんだ。その先にあるものは見えないけれど、登って行けば見える世界が頭上という方向性をもってそこに存在している。それだけで「見上げる」事が歩き出す一歩になっていると笑ってそう言えるからだ。
鞄を机にドサッと落とすと、ぽつりと工藤に尋ねたくなった。
ー なぁ工藤…お前 夢の続きって見るか?
工藤は資料をかき分ける手も止めず、視線をあちこちに巡らせながら
ー 夢は…一度ぽっきりっていうか…いつ最後に夢見たのか覚えていないですよ。。。真面目に、最近眠りについたのが何時だったか分からなくなっているんっすから…。
聞く相手を明らかに間違えてしまった。
僕は最近おかしな夢を見るようになっていた。
顔はぼやけていて良く見えないけれど、いつもある女性と話をしているものだ。
彼女の名前は「茜」。そして…茜さんは僕の事を「冬馬さん」と呼んでいる。自分自身の姿は当然確認できないのだが、「冬馬」は間違いなく「僕」なのだ。
何をするもなく ただ時間を茜さんと共に過ごす。
毎回 他愛もない会話をしているだけだ…でも「冬馬」の僕はとても満ち足りた気持ちでいっぱいだという事は 夢から覚めても 僕の心の中にうっすらとこびり付いている。茜さんの手を取った自分の手は 明らかに僕のものではないのに、その感覚が自らの手にちゃんと残っている。そんな夢を見た次の朝は、何故か「愛おしさ」を感じるようになっていた。
昨晩見た夢で 茜さんの手を握りしめた右手…自分の手をじっと見入っていると、ちらりと視線を飛ばしていた工藤が
ー 成瀬さん最近夢の見すぎなんじゃないっすか?ぼーっとすること多くなってますよ…ほら、俺みたいに徹夜で資料探ししないと。早くこっち来て手伝ってくださいよ!
僕の手じゃ…ないんだけどな…。
ー … いや…今日は右手を資料のインクで汚したくない気分なんだな。
そう放つと 瞬時に工藤の頭から煙がもくっと立ったと悟ったが、僕は知らん顔してさっさと珈琲を淹れに休憩室へと行った。
茜さんの夢は 毎回彼女の
「待っていたよ」という声で始まる。
表情は読み取れないはずなのに、彼女が笑ってそう言ってくれている事は何故か僕には分かる。
いつも心地よい時間が風のように流れてゆく…。
僕は 自分の探し求めている「何か」に一つ近づける様な妙な感覚を抱き始めていた。
11月半ばになるとさすがに薄手のパーカーでは寒さがしのげなくなってきた。長年付き合っていた彼女 朱里からつい先日別れを告げられた。が、「失った」感覚が起こらないのは 僕が薄情者だからなのだろうか…。
「結婚」の二文字が朱里の口から出た時に、「僕は探さなければ」...ふと心がそう言ったのだ。このまま「追い求めるもの」も分からぬままに 何を探そうと言うのだろうか...自分自身でも理由が浮かばない。朱里の頬を伝った涙が こんな自分の鏡映しの様に思えて 床にできた涙跡が静かに歪んだ。
茜さんは夢の中の人物で 冬馬は自分の在りたい場所なのかも知れない…。
冬の寒さがより一層強く感じた そんな夜...
この夜の茜さんは
笑ってはいなかった...。
ー どうか…私を見つけ出して...。
縋る様な瞳が僕を見つめていた。初めて目にした茜さんの瞳は深い琥珀の様だ。絞り出された様な声は 少し震えていた。
「茜さんを...見つけ出す?」何が起こっているのか全く分からない僕がいたが、冬馬は頷き
ー 必ず...見つけ出す。必ず。
そうしっかりと答えた。
強い願いを心の何処かで感じ そこでプツリと電源が切れた様に僕は目を覚ました。月明かりで薄暗く光る天井に 茜さんの残影がぼやりと映し出される。
ー なんだって言うんだ…
朱里の涙のせいか...それとも...。
日が登っても 僕の心はグルグルと堂々巡りだった。夢だという”現実”と 「何か」が心の中でザワザワと騒ぎ出す”感覚”の狭間で僕は揺れていた。
どうしても自分が感じた冬馬の強い想いが 拭えない…。心が張り裂けそうなくらいに 疼くのだ。
茜さんを探し出す。「茜さん」が僕が追い求める「何か」なのだろうか。
だとしても、茜さんの顔も容姿も分からなければ、何処に住んでいるのかも、 苗字さえも知らない。何より「茜さん」という人物が実在するのか…。「冬馬」との会話で覚えている事を思い出そうと必死になってもみた。ただ行き着くところは何時も同じだった。
ー 何やってんだ僕は...。
しかしながら、それから数週間…僕は茜さんが涙するこの夢を幾晩も見る事となった。
その度に 自分の現実と感情の境界線が薄くなってゆく。
目を閉じれば 茜さんの瞳が目の前で涙に染まっていく姿しか見えなくなっている。
茜さんを見つけ出す…これが自分の探す「何か」と全く別物であったとしても、自分の心がどうしても足掻きたい衝動にかられる。
「茜」…とにかく片っ端から調べ始めた。が、行き着くのは名の知れた芸能人であったり、何かの事件関与があった人々だった。もしこの中の一人が僕の夢に出てくる「茜さん」だったとしたら…。
でも、どうやって「僕の茜さん」だと知るんだ?
ー 私 大きな木って好きよ。すごく暖かいんですもの…。
そう言って僕に…いや、冬馬に微笑む彼女を…見つけたい。
この時点で僕は、感情のみに従って動いていた。
それは 「何か」に向かって踏み出す一歩だったのかもしれない。
時間だけが過ぎて行き、雪の結晶が今にも舞い降りそうな12月…。
未だ何も手掛かりを見つけられない。
ー 当たり前だよな…。
そう呟くことはあっても、何故か僕に諦めるという選択肢はない。
ー 成瀬さん、最近俺みたいにやる気出てますね。
ふとパソコンの裏側から工藤がひょいと顔を覗かせた。そういえば今は仕事中だった。
ー ん?あぁ。ちょっと気になることがあってね。
ー 最近夢 見てないんでしょ?
一瞬びくっとしてしまった。茜さんとの夢の話は 誰にも言っていなかったはずだ。
ー 成瀬さん、寝てない時の俺みたいっす。
なんだ、そういう事か。確かに最近最後に寝付いた記憶を思い出せないくらいになっていた。
ー ほんとだな。足掻きたいのに どう足掻いて良いのかさえ分からなくなってんだ。
ふぅーっと息を吐き背中を椅子の背もたれにぐーっと押し付けて伸ばすと、工藤が訳分からなそうに ぽけーっと僕を見ていた。
ー ん…まぁ…足掻いてりゃ どこかにぶつかりますって。そう教えてくれたの成瀬さんじゃないっすか。
そんなこと言ったっけ…記憶にはなかったが 今の僕には救いの言葉の様に感じ取れた。
カタカタと画面に戻る工藤をじっと見つめる。
実のところ最近 壁という壁にぶち当たったという思いを抱いていた。
一か月もの間 手あたり次第調べてみても、手に当たらなければ調べようがない。
本当に何をしたいのか 自分自身で分からない。 途方に暮れる...それだけだったら今までと同じ場所に居るはずなのに、じっとしていられない程の焦りの様なものが僕を蝕んで 今まで以上に無力感を生み出す。
僕は「何」を「何処へ」探しに行こうと藻搔いているのか…
ただ冬馬という自分が 成瀬碧という自分に夢を通じて
強い想いで「茜を探す」と それだけを求めている。
ー なぁ工藤…。
ー なんっすか?
カタカタという音は止まっていない。
ー 茜って聞くと お前は「誰」を思い出す?
はたっと工藤の手が止まり 怪訝そうな顔がぬっそりと僕を覗いた。
ー 成瀬さん…ボケちゃったんですか?
そういうとちょっと呆れ気味にまたカタカタと画面に数字を打ち込み始めた。やっぱりこいつに聞くのが間違いだったな…。
ー 星...ですよ…
ぼそっと工藤が言った。
えっ?とこぼすと…
ー あぁーもう成瀬さん 俺とあんまり年変わらないのにマジですか?
頭を掻きむしる様な仕草後、工藤は猛スピードで画面に何かを打ち込み始めた。と思うと、自分のパソコンを僕の方にくるっと回し 画面を指さしながら 声を荒げる。
ー ほら!!ここ!!
5年前、成瀬さんが見つけた星!!!
【AKANE】って名付けたんじゃないっすか!!!!
ー おい…それは人じゃな…
僕の中に電流が走った…。
【AKANE】…そう、僕が5年前に見つけた星。
この季節、月の近くに位置して見えにくく 誰もが見逃していた星。
夢を見るずっと前… 僕は その星に
【AKANE】という名を授けていた。
ー 人だ 人だって…俺にとって「あかね」はあの星しか考えられないっすよ!自分で見つけたのに 【AKANE】は「誰」だって…何言ってるんだか…天文学バカじゃなくったって 自分の星くらい覚えられますよ ったく…。
冬馬を知る以前から 僕の中に「茜」はずっと存在していた。
ずっとずっと…僕の中に在り続けていた。何故あの星を【AKANE】と名付けたのか…自分でも分からない。でも、僕の中から出てきたと言う「事実」がそこにある。自分でも存在すら知らなかった心の扉が開け放たれたそんな気分だった。
冬馬…僕は「茜」を見つけに行く。僕らの進む方角が分かったよ。
机に散らかったものをかき集め ドサッと鞄の中に放り込み、機材室から望遠鏡を引っ張り出す。
ー ちょっ…それこの間教授が買ったばかりの…
ー ちょっと早いけど 年末休暇とるわ!!!
そう言い放ち 研究所を後にする僕の胸は今までにはない程にまで高鳴っていた。
そして…数日後…僕はここ、北海道 旭川市から車で一時間程の所にある士別市に来た。雲が厚く 星が見えない日々が続いていたが、この厚い雲の上に【AKANE】が光り輝いているのは確かだった。
探し続けていた「何か」が…もしくは 「茜さん」が見つかる。
それは 何の根拠もない…ただあるのは僕の中にいる冬馬の想いだけだ。
人一人見あたらない 広大な丘…ここへきて4日目の今日…やっと雲が切れた。
ー 本物の Christmas Star…だな。
いつ見ても 吸い込まれるような夜空に僕は心を奪われる。
こんなに贅沢なイブなんて人生で初めてだ。
薄い雲がそっと月をはらうと 恐るおそる満天の星空に向けた望遠鏡をのぞき込んだ。
月の左端あたり 小さく光り輝く星…
ー 茜…
それが僕の追い求めていたものだったかどうかも、夢で微笑む 茜さんであったのかも 僕には全然分からない。
でも、僕の【AKANE】が 確かにそこに在って 僕の瞳の中を泳いでいた。
ー 冬馬…これでいいのか?
そう呟くと、心の中で描く冬馬の口元がふっと緩んだ そんな気がした…。
でも…
冬馬の見つめる先は…僕じゃない…?
僕を通り越した
その先…?
後ろを振り返った瞬間…
夢の中で感じていた 冬馬の感情が一気に溢れ出した。
月明かりに照らされた丘の向こう 少しづつ近づいてくる人影…
心で 感じてしまった。
心の中の「冬馬」が教えてくれたのかもしれない…。
AKANEに背を向け、僕の身体がその人の方へと流される。
何も考えず、ただひたすら引き寄せらるように進む…
ふらりとした歩みが、小走りに変わり…
引力の様に引き寄せ合う。
今 生まれて初めて 「確信」している。
僕がずっと求め探し続けていたもの。
走り続けている間...
一筋の涙が僕の頬を伝う。
理由もなく ただ流れた雫…
冬馬の物でも 僕の物でもない…
冬馬と…僕の 涙。
丘の上の人影が 目の前の一人の女性になった時…
足が 止まる。
ー み…つけ た。
瞬きもせず彼女を見つめる僕から洩れた言葉が 彼女の元に届くと
途端に彼女の瞳から涙が溢れだす。
それは
名前も知らない この愛しい女性の涙であり、
そして...
茜さんの涙。
ー 待って…いたよ。
見知らぬはずの その女は
涙をこぼしながら笑い そう言った。
僕達はゆっくりと歩み寄り どちらからともなく手をかざした。
僕の手に重なる 彼女の手は、
夢で感じた感触そのままだった。
僕は「輪廻転生」なんて信じていなかった。
そう、、、この日までは。
僕の掴みたかった「何か」がこの日を境に ピタリと埋まった。
冬馬が茜さんを
そして 僕…成瀬碧は 葉月沙織を...
探し続けていた「者」を
12月の満天の星空の下
やっと 見つけ出した。
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対小説:『RiNNe‐沙織』はこちらになります
本編も「沙織編」も こちらの企画に参加させていただきます。PJさん企画の恋愛クリスマス企画。
PJさん、ミムコさん、 ずっとアンダーレーダー下にいた私にまでお声がけして頂いて有難うございました。すごく嬉しかった:)
これは募集小説の「碧編」となります。仕事終ったと同時に短時間にドバッと書いたままで...まだ見直しせてもいなくって。。。でも「沙織編」書きたいので それを書いてちゃんとツイで出せたら 手直しさせて頂きます!!
取り急ぎこちらを書いたので出させて頂きますね:):)久々で 仕事の合間に書いたりで...ちょっとおかしい箇所があるかもですが...でも半分でも書けて良かった:)
「沙織」編が書け次第載せられればと思います。どちらから読んでも繋がる様にしようかなと思ったりしております:):)
もう一度...私のお休みの間 待っていてくださった皆様 本当にありがとうございました。
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