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小説 :「想うもの」008


たまに雲の形を見て遊んだり、自分にあたる雨粒を数えてみたり。
土手道では 真っ白な息をリズムよく吐き出しながら 駆け去っていく人、下を向いて本を読みながら歩く人…手袋をつけていて頁をめくれないのか、道中必ず一度は立ち止まって 手袋を外し ごそごそしてから 再度歩き出す。
毎日ここを定時で通る とある男の人は 息で曇ってしまっているのであろう 決まって眼鏡を何度か吹くために立ち止まる。そのタイミングを当てるのが 私は結構上手である。

私の彼と同じ洋服を纏う人たちがぽつぽつと通る時には、活気があってワクワクするものだ。手をつないで歩く人たちや、集団で声を荒げながら通る人たち。同じ服装でも、十色の個性が溢れだしている。

今日も彼は日暮れまで通らないのかな…。



…と 思い切り 激しく地を裂くような音が地面に響いた。驚いて 音のする方向に目を向けると 人を乗せた一台の二輪車が土手を滑り転げて行くように降りてきていた。その先には私がいた。

このままでは危ない…そう思えど 地中に潜り戻ることも 瞬時に伸びることも出来ない私は 身を縮ませ 固く目をつむる事しかできなかった。

ざざざーーっという爆音とともに 顔中に土埃が吹き荒れた。

ー ”うわーー、こわかったぁーー!!”

氷のように固く凍り付いた私の身体は 土埃のせいで出たくしゃみで また身体に水が通って生き返った感じがした。良かった…まだ生きている。と怖さから一転 怒りがこみあげてきた。

怖かったのは こっちの方よ。

いくらプンスカ腹を立てて怒っても この人に聞こえていないのは 分かり切っていたけれど、それでも怒りを抑えることは出来ずに 一人で思い切り 頭のてっぺんから水分を蒸発させていた。
後ろの方から再度地響きがなる。滑り降りた黒ずくめの男の子の後を追うかのように 数人の人たちが二輪車を横に土手を駆け下りてきた。

ー ”まじ何やってんのお前?” 笑いこけながら近づいてくる甲高い声。

ー ”道から外れるなんて ありえねー!!” これまた笑い声とともに響く。

ー ”っていうか すごかったわー。” 感心笑い…と とてもとても懐かしい声…音程は低いけれど、聞き覚えのある声にトーン…何十回 何百回と 自分の頭の中で再生した声…まさか...

ぼやけた顔の輪郭が 少しづつはっきりとしてくる。
その歩き方 その体つき… この12年間頭の中で描き返してきた 幼い子供の笑顔。今その成長した様を見れる時が来たのだ。瞬き一つも勿体ないように感じ、ただじっと 徐々に近づいてくる”想い人”に焦点を合わせる…
ピントが合った。。。私の彼が今目の前にはっきりと写っている事が夢の様だった。


青年に成長した彼は 美しかった。
ぽてっと赤らんだ頬はなく 輪郭のラインが滑らかに顎まで滑る行く 凛々しく男らしいものになっている。ぽっちゃりとした小さかった彼の手も、大きく どんな大きな夢でも掴み取れるような 両手になっていたけれど、厚みがあり いまでも優しそうな温かみがある手だ。私を凝視していた檸檬型の瞳は 今も変わらず 切れのある瞼が 長い睫毛と共に それを覆う。真っ白な粉雪の様な滑らかだった肌には 左頬眼の下あたりに ほくろが加わっていた。口角の上がる笑い方…今も変わらずそこにある。薄く線で描いたような彼の唇からは 前にはなかった八重歯が覗く。
大きくたくましくなっているけれど 私を魅了した全ての全てが より美しくなって 私の目の前を歩む彼の中にあっていてくれた。

やっと、やっと会えた。

ハッとして、自分にかかった土埃を彼が近づくまでに掃い振るった。まだ完全に地中から出来っていない状態だった私の着付けはまだ固く 綺麗にされていたのを確認し 心底ほっとしたりする。
先ほどまでの恐怖も怒りも 彼の声が耳に入ってきた瞬間に どこかに飛んで行ってしまった。自分でも よくもこうコロコロと感情が変わるものだと感心するほどだった。

ー ”まじめに焦ったぁ…。”
二輪車から降りながら 危険人物が にこりともせずに呟いた。

ー ”いや、まじーめにうけたぞ。” 
にやりとしながら彼が言う。 

深みの加わったその声が どことなく幼い時のものに重なるのが どうしてなのか不思議でしょうがない。でも 間違いなく 私の”想い人”の声だった。

ー ”いや止まらなかったら あの樹にぶつかってたぜ。”

一斉に大木の方に目をやる4人。彼から目を離すことが出来ない私は いやいや、止まらなかったら私を引きつぶして 今味わっている12年分の想いをも踏みにじられていたに違わない…私にしたら奇跡の様な 出来事だと幸せを噛み締めていた。
大木の方を見る彼の横顔に 冷たい風がふっと吹き付けると 昔の優しい横顔が思い出される。
こんなに近くに彼がいる。それだけでいっぱいいっぱいだった。

ー ”なんで こんなところに一本だけ生えてるんだろうな。邪魔だよな。”

一人が大木を見つめながら言った。その人が何を言っているのか 私には理解できなかった。長年 小さな私達を どんな気候からも守り続け おばあちゃんをそっと待ち続ける 心優しい大木が何故邪魔なの?
思い立ったように 危険人物が私の隣に転がっていた石ころを おもむろに拾い 大木に投げつけた。石ころは大木にあたり コンっと音を立てて 右斜め方向の地面めがけて落ちて行った。

ー ”あれ、この木腐ってんじゃないの?中 空洞っぽい音しなかったか?”

一人が大木に向かって歩き出すと、残りの2人も 彼も 後を追って大木へと歩き出した。
鞄を左肩に斜め掛けしながら 左足を右足よりほんの少しばかり大きめに踏み出す癖。肩が揺れる。ふふふ。こんなにも近くで見れるなんて 本当に夢にも思わなかった。私の覚えている 小さい歩幅はもうない…よりしっかりと 力ずよく 大木へと歩んでいる。

おばあちゃんと彼が そっと大木にその手を当て優しく微笑む姿が見えてくる…何度も何度も何百回も何千回も回想した瞬間。目をつむると 12年前などという時間が つい昨日の事かのように鮮明と目に映る。

ドカッ。

その音で瞼が反射的に開いた。一人が大木に足蹴りをいれていた。
続いて他の2人も大木を蹴り始める。どかどかと その蹴りは回数を増すごとに強さを増してゆく。幸せな気分が風と共に吹き去り 不安が吹き込んでくる。
やめて。蹴らないで。
大木は目をつむって 怒りもせず 痛がりもせず じっとしていた。
自分の幸せに浸りきって 周りの状況が読み取れなかった自分は おどおどとするしかなかった。不安が膨らむ。
今彼がどのような表情をしているのか。どんな行動をとるのか。何も期待していたわけではない、そう言ったら嘘になる。
どこかで大木との記憶を覚えていてくれている…そう思った。大きくなった暖かいその左手を そっと大木にかざしてくれる...

ー ”いや、空洞ではないだろう。” 

あきれ顔を浮かべながらそういって 彼の左足が大木の幹に寄りかかった



4本の足が 目をつむり誇り立つ大木に 突き刺さっているようだった...。


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音声配信はこちらになります:):) 家事時や通勤時間に聞いてみて下さいね:):)。長かったので2部に分けました:)つまずき 少しは少なくなったかも...私の気のせいかしら。ふふふ。8と8.5です:):)





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