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「太郎の応急➕手当て箱」:ショートショート ー 僕の本物の手当て箱。


窓の外を覗くと、ふわふわと緑が揺れている。
頭がぼーっと する中で
木の葉が揺れているのか 僕が揺れているのか分からない。

会社に行きたくないな…ひとり呟くそんな朝。
そう思っても、社会はぐるりと回っていて
僕は その流れに乗っていかなければならない。

棚の引き戸を開けると
一番上の右隅に それはあった。
”太郎の応急手当て箱”
一人暮らしを始める時に 母が僕に持たせてくれた。

クスリだったらどこでも買えるよ。

そう言った僕に 母は

これは特別な手当て箱だから

涙ぐむ母に負け 渋々一人部屋へ持ってきた。


フラフラと手当て箱を居間に運びふたを開ける。
と…

そこには無数のレーベルが張られた仕切りとボタンがあった。
薬はどこにもない。
腹痛 擦り傷 切り傷 打ち身…
そして頭痛。。。

ボタンを試しに押してみた。。。


「頭痛」の仕切りがパコっと開き にょきにょきと シワシワの手が生えてきた。

いくら朦朧としていると言えど
僕の意識は まだそこまでイカれていない。
腰を抜かして尻もちをついた。
すると 手が笑うのだ。手がクスクスと笑っているような感じがする。

少しすると手が おいでおいでと手招きをする。
不思議と怖さはなく、近寄ってみると
その手は ほらつかまれと僕に言っているように差し出された。


僕の手で ぎゅっと その手を握る…

シワシワでも柔らかい 暖かいその感触は とてもとても懐かしい。

この手…僕知ってる。。。

手を握ったまま 僕はぎゅっと引っ張ってみた。


手から腕 腕から肩 そして頭が現れた。
あっという間に 手の主が 手当て箱から出てきた。

お、おばあちゃん?!?

死んだはずの祖母が にっこり笑って僕の目の前に立っている。

ほれ 太郎。頭がいたいんじゃろう?

おばあちゃんは そう言って 言葉を失った僕の額にそっと手を乗せた。

手を当てられているだけなのに
じんわりと暖かくて 優しくて 痛みがふぅーっと消えてゆく。
目を瞑り 祖母の手から伝わる暖かさだけを感じ取ると
何故かわからないけれど、嬉しくて 心地よくて
涙が一筋こぼれていった。

もう大丈夫だ。

目を開けると 祖母の姿はもうなくて、
頭痛の仕切り蓋がぱたんと閉じてある。

ふと窓の外に目をやると
緑の木の葉が 優しく風に揺らいでいた。



おしまい。


お読みいただきありがとうございます:)
この物語は 高橋玲子さんの記事を読んで コメントをしている最中に ふと思いついた物語です:)

最初は小さい子を主人公にと思ったのですが、成長したからこそ 感じられる暖かさを書けないかなぁ と思いまして”僕”に主人公になってもらいました:)

手当て。。。手を当てることから そう言われるようになったと 私は教えられました。お薬がなくとも、人のぬくもりや優しさが手から伝わって癒されるものは沢山あります。

お腹が痛い時にはそっと手をお腹に、
心が痛い時には 胸に手を当て
元気になって欲しい人を ぎゅっと包み込めるような そんな万能薬が
私たちの中にあるんです。

でも 出来れば 自分で作ったお話の手当て箱…私も欲しいな。。。(笑)


髙橋さん:)素敵なインスピレーションをありがとうございました:)

七田苗子








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