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『Dreamer』‐第二話

ぶつかり合う視線を先にずらしたのは戸田警部の方だった。コーヒーの横に投げ捨てられた煙草のパッケージを手に取り傾ける。茶色い煙草の葉っぱがさらりと出てきたと同時に、くしゃりと煙草を握りつぶした。それをまるでバスケットボールを投げるかのように、店の角に置かれたゴミ箱に狙いを定めてポンと放つと、丸まった包みが綺麗な弧を描いてからゴミ箱の中へと吸い込まれてゆく。

「あ゛っ…はいっちまった…」

入ると思っていなかったらしい。
何を想って戸田警部が煙草を投げたのかは分からない。けれど、その直後に深いため息をついた彼からは観念にも似た表情が見て取れた。


「犯人は…女性を殺してから、自害したよ。」

静寂を破った戸田さんの言葉に僕らは一瞬時を止めた。

「現場検証を纏めて、司法解剖を待たんとはっきりとは言えないが…俺が見た限りでは…犯人は被害者を殺めてから自殺した線で間違いない。」

警部の言葉が自分の中で処理をされるまで時間を要したものの、頭の中にきちんと響き渡ったその時…
頬にぴちゃんと雫が落ちるあの感触と、被害者の哀しみの感情の意味がすっと一本の線で繋がった。



「好きだったんだ…すごく…」


ぽつりと零した言葉に3人の目線が一斉に僕に向けられた。

「あっ…いや…多分。分からない…ですけど…なんとなく…」

ポロリと自分の口から出てきてしまった言葉をどう説明して良いかもわからずに、僕は両手を翳しながら誰にともなく手を振るしかなかった。

各々の思考が散らばる中、警部の携帯音が破ると、警部はそっと番号を確認して
「お前らはもう学校に行け!!後で詳しく話を聞くが…」
ブラックノートをひょいと手に取って、
「これは借りておく」
ガタっと席を立つと、レジにポンとお札を乗せた。足早に店の扉に手をかけた時、ふと足を止めて僕らの方を振り返る。

「このことを知っているやつは他に誰がいる?」

「いえ…っと…僕ら三人と…警部だけです。」

「いいか、そのままにしておけ。くれぐれもお前たちだけで変な行動はとるなよ。」

そう言って、警部の重い足音が淡々と階段の下へと転がる様に響いていった。



ポカンと座る僕をよそに…
「本当にこの事件…だったな。」
そう晃がつぶやいた。
「おんまえぇーーー!」
「ちょっと弓弦!!!すごく好きだったって何それ!どういう事?!」
僕の晃への睨みは弓月の揺さぶりに見事に振り落とされた。


僕ら3人は誰かがご丁寧に立て並べて置いてくれた自転車と共に、学校とは反対方向へととぼとぼと歩き出した。

「晃…ったくどうゆう神経してんだよ…」
「は?お前戸田さんの反応で分からなかったか?これでお前の悪夢がどんな形でも前に進む気がしない?」
「でも、無茶苦茶すぎんだよ。。。何度心臓飛び出しそうになったか…」
「こっちから吹っ掛けないで、いきなり信じてくださいなんて、そっちの方が無理な話だろうがよ!」

「…別に…僕の夢を誰かに聞いてもらいたいわけでもなかったし」

言葉を発するたびに小声になる僕をじっと見つめる晃の視線が痛い。


「弓弦…お前いつまで殺され続けるつもりなんだよ?」

「…」

「お前ら兄弟は全く…夢見てそれを事実確認して、そんでどうしたいわけ?」

「…」

「俺さ…昨日考えてて、なんでお前なんだ?なんで今なんだ?って。」

「…」

「もしかすっと、お前が夢見る事とタイミング…関係があったり、お前がしなきゃいけない事があるんじゃないのかって。」


それは、僕自身考えていた事だった。もしかすると、父さんの死に何らかの形で結びつく物があるんじゃないのか…それは僕の中の願いでしかなく、今の自分を保つのに希望のある理由をつけたがっているだけだと、その考えを認めることはしなかった。今までの僕にはブラックノートを書き込むことが精一杯で、戸田警部が自宅を訪れた時も彼に相談しようなんてこれっぽっちも考えつかなかった。戸田警部を信用していないのではない、信じてもらえるかどうかから来る不安…これは少しあったけれど、一番の要因は、行動を起こせない自分自身にあったのだと思う。何処へ進めばいいのかも、どの方角を向けばいいのかさえも、それらを考える事さえも出来なかった。なんで僕なんだと答えなき疑問を問いかける事しかしなかった僕の横で、晃はその機会を見逃さずに掴んでくれた。

「まぁ、今回の事件がこんな近くであって、戸田警部がたまたまそこに居たのは本当に運としか言いようがないけどさ。」
屈託のない笑顔で笑う晃。

「あれ?弓月…?」

いるはずの弓月の姿が僕の隣にも晃の隣にもない事に気づき後ろを振り返ると、地面をじっと見つめながら自転車を押す弓月がいた。



「なんか…あいつが黙っていると…」



『きもちわりー』


晃と同時にはもってしまった。



§


その夜、僕はぽけーっと椅子に座りながら部屋の窓から外を見つめていた。なんだろ、この感覚は。
二人の人間が死んだんだ。あんなにも恐怖で僕をしばりつけていた夢が今、妙に暖かく感じる。殺人と自殺だぞ弓弦…なんであったかい気持ちになっているんだ??自分自身でも全く理解できないでいた。ただ自分の中にある説明不可能な感情が「夢を見る自分」への扉を開けてくれたような気がしている。今まで弓月と僕の間だけで繋がれていた物が枝を伸ばして晃に、そして戸田警部に繋がった。この事件自体が僕に何を示したいのかも、何に繋がっているのかも分からないし、僕が夢を見るようになった理由を知る手がかりの「て」の字もかすらない。。。でも、昨日僕が立っていた場所からは確実に動いているのだと感じることが出来ていた。
僕は机の引き出しを開け空白の紙を探した。くしゃくしゃになった化学の答案用紙。その裏に今までブラックノートに書いたことのない事を初めて綴り始める。

【事件心情】

事件の真相は僕には分からない。けれど、被害者が殺される寸前の感情を何故か僕は、書き留めておかなければと そう思った。


§


ピンポーン


「晃ぁー!!!弓月ちゃんよぉー!!!」

「あん?」

グレーのスウェットパンツ姿に、洗い立ての髪をタオルで吹きながら晃が玄関先に足を運ぶと、そこには弓月が立っていた。

「晃、ちょっとコンビニまで行かない?」

「おん?いいけど…お前夜に一人で出歩くなよ ったく。。。」

晃はそのままサンダルを引っ掛けると、ちょっと出かけて来るわ!と叫び二人は蒸し暑い夜へと歩き出した。


「ちょっと悔しいけどさ…今日、晃がいてくれて良かった…と思う。」

「当たり前だ。」

晃の言葉に素直になった自分が馬鹿だったと、冷ややかな弓月の瞳が語る。

「後先考えないただの”晃らしい”行動だったけど!」


「でも…」


「結果的になんか…良かった気が…する。。。」

小声になって行く弓月の姿は、どこかやっぱり弓弦に重なるところがある。

「まぁお前ら二人にはない”後先考えない”俺がいてちょーどいいんじゃね?それだけだよ。」

「晃に言われてさ…私考えたんだよね。自分は弓弦の夢を聞いてどうしたいのかって…。最初は色々考えていたのよ。なんで弓弦が知りもしない人間の、しかも殺される瞬間に立ち会うのかって…。」

「おぉ、俺もなんか引っかかんだよ。いきなり能力が身に着きましたぁー。って…まだ、昨日ノートを見ただけで考えてっから、何とも言えないけど…でも特に見たから得する夢ではないのは確かだし。」

「戸田警部がどこまで教えてくれるか分からないけれど…でも協力してくれるのならば、ちょっと調べてみたいことがあるの。」

弓月は肩にかけていたバッグの中からフォルダーを引っ張り出した。

「これ…弓弦が見たこれまでの夢にあった事件の記事とか情報を、私なりに集めてみたもの。」

フォルダーには新聞記事や手書きの書き込みが挟まっていた。

「お前…これ自分で作ったのか?」

「弓弦には見せてないの。。あいつ、なんだかんだ繊細なとこあるし…それに、夢を見るだけで嫌な思いもしてるしさ。見せて思い出させるのも酷じゃない?」
そう渋い笑いを放った弓月に、ふふっと晃が笑いかけた。

「おっ、お前も兄想いなとこあんじゃん!」

「17分だけの差です!!1・7・ふ・ん!!!」

「で?調べたい事って何だよ?」

弓月が少し間をおいてゆっくりと口を開いた。

「弓弦が夢を見始めたのが今年の4月。ここに載っている事件は今日ので11件。おかしいと思わない?」

「…」

「この4か月で夢見た回数…」

晃はフォルダーを開きながら眉を顰めていたが、ふと足を止めた。

「…す…少ない?」


「そう。ここ4か月で実際に起こって、大きく報道された殺人事件は合計26件。全国レベルだと70位はあると思う。しかも弓弦の見た事件で未だ報道されていないものが3件ある。これが意味する所…」

「まっ、待て!ただ全ての殺人事件を夢見てるんじゃなくて、『特定の事件だけを見てる』…ってこと…なのかよ?!」


二人が同時にごくりと喉を鳴らすと、目の前の横断歩道でカッコーの音が鳴り響いた。


§


「戸田警部!検案書届きました」

戸田は卓上に開かれたブラックノートの上にファイルを被せた。

「被害者、中野恵なかのめぐみ25歳の死因は頸部圧迫による窒息死。他殺と断定されました。また、高野仁たかのひさし27歳、死因は腹部殺傷による失血死。凶器とみられる出刃包丁の指紋、また殺傷口から自殺と断定。高野の爪から中野恵の頸部圧痕部に出来た傷と一致する皮膚も採取されました。死亡推定時刻は共に8月11日の午前1時~午前3時の間という事です。」

戸田は肘を突き両手を組みながら静かに報告を聞いていた。

「死亡時刻は…午前1時21分…」

「警部?」

「あっ、いや何でもない」

手元にあった電車の時刻表を戸田はばさっと閉じた。と同時に眉間に皺を寄せる。事件日は一致するが…必ずしも犯行と同時間に夢を見ているわけではないという事か…。

戸田は書き出された11の事件にそっと目を落とした。


(3986文字)











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