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『Dreamer』第八話

前回のお話はこちらからどうぞ
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『この被害者は3回殺されている』

僕の唐突の発言に三人は困惑していたようだったが、自分の中に浮かんだ発想をどう処理するか僕自身が一番どぎまぎしていた。
「殺人事件」…殺される夢を見る僕にとって、一人の人物が殺され続ける事は矛盾の他何でもない。

「まっ、まて。。。?!?被害者が同一人物?」
警部が慌てて置いたコーヒーカップが見事にソーサーの的を外して、テーブルの上にごとんと置かれると、茶色い液体が辺りに飛び散った。

「おっ、おい弓弦。。。お前、今自分が何言ってんのか分かってる。。。んだよな?」

晃の言葉にコクリと頷く。

「僕自身。。。この考えが矛盾しているって良く分かってるんだ。」


「でも、排気ガス中毒殺人、電気コード絞殺事件…そして今回の溺死殺人。。。被害者が僕の見た3つの夢で同一人物だとそう言えるのは…」



『感覚。。。』


隣からぽつりと弓月が言った。


「しいて言うならば…」


【感覚を研ぎ澄ます感覚】。。。じゃない?」


弓月の今までにない真剣な横顔と、リンクしたかのような僕達の思考のリズムに なんで?と口から出そうになった。弓月が僕に振り向き、ふっと笑った瞬間に なんで?という疑問さえもばかばかしく思えて、と同時に自分もまた弓月とおなじ顔をしながら ふっと弓月に微笑み返した。


「うん。」
見つめ合った弓月と僕は、兄も妹も…上下関係も…性別さえも線引き対象にならないくらいの糸で繋がっていると感じられた。




「さっき排気ガス中毒殺人の自分の文章を読みながら思い返していたんだ。頭が割れるように痛くて…気持ち悪くて…その中で、何も見えなくなるその感覚が、殺される時に意識が遠のく「見えない」とは違うものだとふと思い出して。その感覚は絞殺事件の時も今回の溺死事件の時にもあった感覚で、なおかつその二つの事件では、「見えない」事よりも、「視覚以外の感覚を研ぎ澄ましている感覚」がある!」


三人は黙ったまま僕の話をじっと聞いていた。

「見えない感覚も同じって事か?」
晃がぽつりとつぶやく。

「うん。僕は視力がいいから「目が悪い」感覚は全く持って分からない。ただ、ぼやけ方がただの「見えない」じゃなくて、常に「歪んでいる」感じなんだ。今回僕が抱いていたなんかおかしい感覚…これだけじゃないけれど、多分この見えない感覚を前の事件で経験したことを どこかで覚えていたからかもしれない。。。」


「ん、だがしかし、一件目の排気ガス殺人では見えない感覚だけの繋がりとすると。。。微妙じゃないのか?」


「2,3件目が感覚を研ぎ澄ます同一感覚で繋がっても1件目にはそれがなかった。。。そうなんです。。。でも、始めから読み直した時に、「殴られ煙を吸い込む前までの視界」がハッキリしていた事。。。ここにも気づいたんです。2,3件目の恐怖の中に手探り感があったのは多分、見えなくなってそう月日が経ってない。。。どんなに引き延ばしたとしても、生まれつきこの「見えない感覚」が被害者にあったわけじゃないと思うんです。こう、、、なんと説明していいか良く分からないんだけど、何らかの形で第一の事件で「見えなくなった」引き続きの様な。。。これまた感覚で。。。どう説明していいか、ちょっと今整理できないんですけど。。。」



「ちょっ、ちょっと待って!!!」

弓月はハッとしながら携帯電話を両手でつかむと、ポチポチと何やら入れ始めた。人差し指をすぅーっと上に流しながらスクロールすると、やつの表情がキリっとかわる。。

「やっぱりそうだ。。。。」

僕達に向けて翳された携帯の画面に映ったもの。。。


『一酸化炭素中毒、、、後遺症、、、?』


「そう。もし、弓弦の言っている事が本当だったとして、この3つの事件が繋がっていると仮定すると、この被害者は第一の事件で排気ガスによる中毒になった後生き続けている事になる。排気ガスと言えば…二酸化炭素と、一酸化炭素中毒…視覚障害が顕著に残るのは、一酸化炭素よ。もし一酸化炭素中毒になった後に生き続けているとなれば、そうすれば後遺症がのちの事件で反映されていてもおかしくない。」

「一酸化炭素中毒の後遺症として、確かに視力の低下や眩暈などあるはずだが…俺も検視官や検察医に聞いてみんと何とも言えんが。。。ありえん話じゃ、なさそうだな。。。」


「でも、殺されてるんだろう?被害者はもしや。。。」


「…不死身。。。」



信じられない話をしている僕達ではあったが、晃のこの発言に皆の目が異様に伸びた。。。

「ってことはぁ。。。まさかないよな…ははは。」




「でもさ…」


不死身にされているっていう説はどうだ?」




「不死身にされてる???」

「おう。よりによって一酸化炭素、絞殺、そして溺死だ。どれも救えねぇ―訳じゃねーだろ。体が跡形もなくなってたり、飛び降りや心臓一突きってんじゃなけりゃいけるんじゃね?」


「蘇生…されている、、、って事か?」
警部の頭の中でも僕達の回路についてゆこうとぐるぐると廻っているものがあるようだ。


「つまり。。。もし本当に弓弦の言う通りだったら、、、」
あんぐりを口を開けた弓月の言葉を晃がすっと終わらせた。


「この被害者はまだ生存している可能性があるって事なんじゃん?」



「事件化されていないのも、死体が上がらないのも…もし僕が感じている様にこの3つが同一被害者だとすれば説明がつく様な気が。。。する。」


被害者が生きている殺人。。。


こんなのってあるのかと、自分自身を疑いたくもあり、
その反面、僕の夢の目的が何なのかという真相のしっぽを掴んだように感じた。でも。。。。



「ただ・・・」

僕を一斉に見つめる三人。


「被害者が同一人物だと言い切れる自信はあっても。。。つじつまが合わない物もあるんです。」


「つじつま?」


「うん。第一の排気ガス殺人事件と第二の絞殺事件。。。この二つの事件は9日しか離れていないんだ。。。確かに同一人物だって言えるはずなのに、同一人物とは思えないような。。。」

「んぁ?!?なんだよそれ!!!」

「こう。。。気力っていうか。。。体力っていうか。。。9日間でここまで変わるかなって思うような。。。こうもぬけの殻というか。。。なんかこう、雰囲気が違うような。。。」

「そりゃー監禁されてたりすりゃ― そうなんじゃねーの?」


「ん。。。だから、ちょっと僕これももっと他の感覚をちゃんと読み取って説明できるようにする。「みえない」感覚もあくまでも視的感覚から導き出されたものだし。。。今日でちょっと「感覚を研ぎ澄ます感覚」を感じられたのは、僕にとっては大きな一歩だと思うし。。。まだ、なんかおかしさは残っているから、その辺もっと見れるようになるまでちゃんと向き合ってみるから。」


僕の一言で、沢山の方向性。。。いや、可能性が見えてきたことは確かだと思う。でも、まだ掴みきれない何かが あちこちに存在しているような気がしてならない。被害者が同一人物だという自信はあっても、自分を納得させるだけの確信を掴めていない…そんな気持ちだった。


「私は…弓弦が自分の感覚を信じて探れば、何かにあたるって思うよ。」

「俺たちにも出来る事があったら、なんでもするからちゃんと言えよな。とりあえずは、かーちゃんの料理教室な!」

そんな二人の笑顔の横で警部はじっと腕を組みながら頭の中の整理でもしていたのだろうか。。。


§


とにかく、今日は自分たちの思考を整理するという事でお開きにすることにした。
弓月はひっきりなしに携帯電話とにらめっこをしながら過去の殺人未遂事件を検索し、晃はそぉーっと丁寧に落花生油を鞄の中にくしゃくしゃになって詰め込まれていたシャツで包んでいる。と警部が何気なく僕にそっと聞いてきた。。。

「弓弦。。。お前あの排気ガス中毒殺人で車に押し付けられて殴られたんだよな?」

「はい。。。こうガツーンと。。。グーパンチで。。。」

「お前その時の車の車種とか、メーカーとか、、、覚えてないか?」

「ノートに書いた通り白い車っていうのは覚えていて…」

「お前、こうあるだろう?!ジープとか、ワゴンとか、軽トラとか。。。」

「ん。。。普通の車です。」

「普通のって。。。セダンか?」

「普通のです。警察車両とか、僕の母のとか…普通のです。あっ、車から犯人を割り出すって事ですか?!」

「お前日本全国に何台の白い車があると思ってんだ。。。」
呆れ顔でそう言う戸田さんだったけれど、僕は僕で じゃあなんで聞くんだよ!と拗ねてやりたくなっていた。

「まぁいい。。。いや、ちょっと気になっただけだ。」


警部はササッと上着を羽織って今回もまた僕達三人分の代金を払ってくれた。

「今度は私もメロンクリームソーダにしよぉーっと」
携帯を見つめたまま放った弓月の言葉に僕はそっと苦笑いをしてしまった。




§




「警部!二週間前に頼まれた件…やっと届きましたよ。」

「おぉ」

「でもなんですか、この膨大な数は。。。白い車両だけでこんなに車検を通していない車があるなら、全国で見ると…違反車両で溢れかえってますね。。。」

「まぁ、車検は新車は3年、後は2年おきだ。。。この中に含まれていないかもしれんが。。。」

「ってこれ、一年前のひき逃げ事件の追加捜査って言ってましたよね?被害者の立花教授の着衣にわずかに残っていた車の塗料が白だったって。。。シラミつぶしだとしても…あの塗料はかなりの車に使われているもので、行き止まりも同然だって…」

「溝川…運んでもらって申し訳ないんだが、この中からセダン車だけを引き抜いておいてくれ!」

「え゛っ。。。。けっ、警部。。。冗談です。。。よね?」

上着を羽織りながら席を立った戸田は、

「俺が冗談言っている様に見えるか?」

そう残して部署を後にした。



【東京玄武大学国際学部教授引き逃げ事件】

事件当日から翌朝にかけ降り続いていた雨により、加害車両に結び付く証拠は数少ない。被害者の着衣から検出されたもののほとんどが路面で流されて来た物であると推測される。鑑定に出された煙草の吸殻、ペットボトル、紙くずや動物の体毛、土や砂等 どれも手掛かりには結びつかなかった。その中で唯一うっすらと残っていたのが、被害者の肩のあたりに残っていた車の塗料であり、打撲痕また被害者の死体解剖の結果、車両事故によりできた人体損傷と一致した為加害車両、または事件関連のある車両の物と推測する。


戸田もまたあの日、弓弦のブラックノートで「白い車」を目にした時から、弓弦の夢の行きつく先が父親の事件に関連があるのではと、心の何処かにその可能性をとどめて置いていた。

第一の事件と第二の事件。。。弓弦のつじつまが合わないのは…もしも俺の目利きが間違っていないのならば…


夜の町に出て行く戸田は手慣れた手つきで煙草に火をつけた。








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