ケーキ泥棒とらえもん
「ケーキが無いよー!ケーキが、1つ無くなってるよー!」
保育園三歳児クラスのせりちゃんが、みんなに知らせた。
どうやらケーキのおもちゃが無くなったらしい。ままごと用に置いてあるケーキは、ショートケーキの形をしている。これらの両端にはマジックテープが付いているため、6ピース合わせればホールケーキになる。
せりちゃんがホールケーキにしようとくっ付けたところ、1ピース欠けていることに気づいた。
「え!ケーキが無いんだって!みんなで探そう!」
一つ上の四歳児クラスの子も一緒になり、無くなった1ピースを探し始めた。しかし、どこを探しても見つからない。
四歳児クラスのたける君が言った。
「もしかして、ドロボーがとったんじゃない!?」
ちょうど四歳児クラスでは『ドロ警』という遊びが流行っていた。ドロボーと警察に別れて遊ぶものだ。
「そうだ!ドロボーだよ!」
「ドロボーがケーキを盗ったんだ!」
子供たちは口々に言い出した。
結局どうやってもケーキを見つけることはできず、ドロボーの仕業ということで落ち着いた。
お昼寝前の絵本タイム。
三歳児クラスを担当するユキ先生は、本棚へ絵本を選びに行った。
『そうだ!ドロボーの絵本を読んであげよう。』
ユキ先生は子供たちのために、かこさとし作『どろぼうがっこう』を読むことにした。
楽しそうに聴く子供たち。
しかし子供たちが一番反応したのは、読み終わったあとの最後のページだった。
「ドロボーの足跡だ!絵本から逃げ出したんじゃない?」
足跡が描かれているのを見た子供たちは、大騒ぎした。
「ドロボーが逃げた!やっぱりケーキを盗ったのは、ドロボーだ!」
子供たちは興奮しまくり。
『ほほう。子供たちの発想は、本当に面白い。』
ユキ先生の頭に、良いアイデアが浮かんだ。
実は子供たちが探し終えた後、カーテンの下にケーキが1ピース落ちているのを見つけたのも、それを別の場所に隠したのも、ユキ先生だった。
興奮する子供たちを寝かしつけ、ようやく静かな寝息が聞こえ始めた。
『よっしゃ!今のうちだ!』
ユキ先生たちは、ベランダに絵の具で足跡をつけ始めた。まるでドロボーが逃げていくような足跡を。
「みんな、驚くぞ〜!」
先生たちは、子供たちの反応が楽しみで仕方なかった。
お昼寝から目覚めた子供たちは、窓を見てすぐに気づいた。
「あ!足跡だ!ドロボーだ!」
「やっぱりドロボーがケーキを盗ったんだ!」
子供たちは大騒ぎをした。
ユキ先生は、大きな声でみんなに知らせた。
「みんな見て!ここに置き手紙があるよ!」
壁に貼られた画用紙には、『どろぼうがっこう』に出てくる『とらえもん』からのメッセージが書かれていた。
『ケーキはもらった。のこりのケーキも、もらうからな。 とらえもんより』
こうして子供たちととらえもんの戦いが始まった。
子供たちは毎日、みんなで相談しながらケーキを隠す。キッチンセットの裏側や引き出しの中など、あれこれ試行錯誤して隠すのだが、必ずとらえもんに盗まれてしまう。
「そうだ!とらえもんが来ないように、犬を飼おう!」
子供たちは、職員室で園長先生にお願いをした。
「先生!とらえもんが来ないように、犬飼って!」
「そうねぇ。犬を飼うと良いかも知れないねぇ。でもね、保育園では犬を飼えないのよ。ごめんね。」
子供たちは考えた。
どうすれば、犬を飼えるのだろう。
「犬がいたよ!!!」
マキちゃんが叫んだ。
新聞紙で遊んでいた時、ペットショップの広告に大きく載っていたトイプードルを見つけたのだ!
「ほんとだ!犬だ!これを窓に貼ろう!」
子供たちは協力をして、窓に犬の広告を貼り付けた。そして新聞紙で、ドロボーをやっつける刀を沢山作った。
「よし!これでとらえもんは来れないぞ!」
子供たちは満足気だった。
次の日登園すると、またケーキが無くなっていた。そして番犬の姿がない。
ユキ先生が、こっそり外しておいたのだ。
「あーっ!犬がいない!」
「とらえもんを追いかけていったたんだ!」
「番犬って、スゲ〜!」
番犬は追いかけてくれたが、またもやとらえもんにやられてしまった。
「ママ!とらえもんにケーキを全部盗られたんだよ!とらえもんから手紙があったの。明日、みんなでケーキを探しに行くの!」
帰宅して、娘が興奮気味に言った。
「えぇーっ!?全部取られちゃったの!?」
「そう。」
この日、子供たちがお昼寝から目覚めると、またしても、とらえもんから手紙があった。
『ケーキは全部もらったぞ。返してほしければ、ここまで取りに来い!』
手紙と一緒に、写真入りの地図が置いてあった。写真に写っている目印は、お散歩で見る景色ばかりだ。地図の矢印は、最終的に神社へ導いていた。
「そうかぁ。とらえもん、地図まで置いてったんだ。ケーキあるといいね!」
「うん!」
翌朝、娘は元気に登園した。
みんな、とらえもんからケーキを取り返すために気合いが入っている。
三歳児クラスの子は、四歳児クラスのお兄さんお姉さんと手をつなぎ、地図を見ながら神社を目指した。
「ここだ!」
神社に着くと、子供たちは一目散に探し始めた。
「ケーキあったよ!」
「ここにもあった!」
「見つけたよー!」
とらえもんに盗まれたケーキは、6ピース全て出てきた。
やったー!全部取り返した!
しかも驚いたことに、あの番犬がいたのだ!
番犬は、とらえもんを追いかけにいったせいで、ビリビリになっていた。みんなは番犬をねぎらい、大切なケーキと一緒に持って帰った。
ケーキを全部取り返した!
子供たちは達成感でいっぱい。
グッスリ昼寝をした。
「おはよー!とらえもんから手紙が来てるよ!」
その声で、子供たちは飛び起きた。
また何か盗んだのか?
『みんなへ ケーキを盗んでごめんなさい。おわびに美味しいケーキを焼きました。みんなで食べてね。 とらえもんより』
「さぁ!とらえもんが焼いたケーキだよ!」
子供たちに、焼きたての美味しいパンケーキが配られた。
「チョーうめぇ!」
「美味しい!」
「とらえもん、ドロボーやめてケーキ屋さんやればいいのに!」
子供たちは、夢中で食べた。
今まで食べた、どのケーキより美味しかった。どんどんお代わりをし、大量に焼いたケーキは、あっという間に売り切れた。
「とらえもん謝ってきたし、ケーキもくれたし、許してあげる?」
ユキ先生が聞いた。
「許してあげるー!」
こうして子供たちととらえもんの戦いは、ハッピーエンドに終わった。
「ケーキが無い!」
最初に言ったのは、たまたま私の娘だった。
別に特別なことを言ったわけではなく、日常茶飯事の出来事だ。
しかし子供たちの豊かな発想と、そこにトコトン付き合ってくれる遊び心たっぷりの先生のおかげで、日常茶飯事がワクワクに変わる。
こんな保育園に娘を通わせることができて、本当に良かったと思った。
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