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偕老同穴

タミちゃん。
父の母、つまり私にとって父方の祖母の名前である。
漢字で書くと『多美』。多く美しいとは、なかなか厚かましい名前だ。
 しかしタミちゃんに言わせると、若い頃はかなり美人だったそうだ。
だから本人曰く、『多美』に名前負けはしていない。

タミちゃんは、お見合い結婚だった。親どうしが決めた相手と、
お見合いで一度会っただけで結婚が決まった。
2回目に会ったのが、結婚式当日。
会場でどの人がお婿さんなのか、顔がわからなかったそうだ。

 恋愛期間を経ずに夫婦になった二人だが、夫婦で力を合わせて働き、
子供たちを育て上げた。
子供がみな巣立った後は、夫婦二人、喧嘩をしながらも
仲良く暮らしてきた。
 沢山の孫に囲まれ、二人とも健康で長生きしてくれたのだが、
先におじいちゃんが弱ってしまった。  

私はおじいちゃんが大好きだった。
子供の頃からめちゃくちゃ可愛がってもらい、
沢山オモチャも買ってもらった。
そんな大好きなおじいちゃんが、老衰でみるみる弱っていく。
本当に辛かった。  

東京に拠点を置いていた私は、可能な限りではあるが、
京都のおじいちゃんの家に足を運んだ。
 ある日、仕事帰りに会いにいくと、仰向けになったまま口は半開き、
目はうつろになったおじいちゃんがいた。
私は、腹を思い切り殴られたようなショックを受けた。 

 
「おじいちゃん、奈々だよ。会いにきたよ。」 手を握って話しかけても、
返事はおろか、一瞥をくれることもなく横たわるおじいちゃん。
生気はなく、体は硬くなって微動だにしない。

 「あぁ。。。おじいちゃん。。。」
 誰しも、いつかは死ぬ。 だけど大好きなおじいちゃんを目の前に、
『死』という言葉を想像することすら、受け入れられない。
 私は、カラカラに乾いてひび割れてしまった唇に水を含ませてあげながら、辛い思いで見守っていた。
 すると、隣で見ていたタミちゃんが信じられない言葉を口にした。

 

 「もうアカンな。」 


 ・・・・・えっ?!

 私は耳を疑った。 
今、おじいちゃんを見て、「もうアカン」って言った?
「もうアカン」とは、つまり本人に 「もうダメだね、死んじゃうね。」
 と言ったも同然である。

 いやいや、タミちゃん! ちょっと待ってくれ。
そりゃ私だって、おじいちゃんのあの姿を見たら、
「もうダメなのかな。」と一瞬、思ってしまったさ。
だけどそんなことは認めたくもないし、すぐにかき消した。
それを仮にも66年連れ添った夫に、アッサリ言うか?
 すげぇな、タミちゃん。
 私なら、ペットのオカメインコが死にかけてても、口にはできん。

 驚きのあまり言葉が見つからない私をよそに、
タミちゃんは無邪気に笑っておじいちゃんの側にいる。
言っておくが、ボケてるわけではない。

 いや。。。待てよ。
もしかしたら、ここまでベテラン夫婦になれば、超えてはいけない
一線など無いのだろうか?
 長年、苦楽を共にしてきた夫婦とは、こうして連れ合いの死すら、
躊躇うことなく言い合えるのかもしれない。
そうなってこそ、真の夫婦と言えるのだ!  

私もいつか死ぬ時が来る。 その時、弱って死にかけている私に、
だんなさんが「もうアカンな。こりゃ死ぬな。」と言ったなら、、、?
私はまちがいなく、だんなをブッ殺すだろう。


 おぉ、、、。 何と未熟なことか、、、。
 ベテラン夫婦の域に達するには、まだまだ遠い道のりである。 

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