本当にあった、不思議な話
私が子供の頃、母から聞いた不思議な話は、
母が子供の頃、父から聞いた不思議な話だ。
母の父、つまり私にとっておじいちゃんは、名前を『寿政(ひさまさ)』という。
寿政は九人兄弟の五番目、ちょうど真ん中に生まれた。子供の頃に住んでいた家はお屋敷とも言えるほど広いもので、大きな庭には藤棚があった。
その日、寿政は兄たちと三人で、藤棚の下で駆け回って遊んでいた。すると突然、どこからともなく白蛇が姿を見せた。
「うわぁ〜!白蛇だ!」
「捕まえろ!」
男の子たちは、近くにあった『たらい』を白蛇に被せ、ひとまず捕獲した。
「僕が見張っているから、誰かカゴを取ってきて!」
「よし任せて!」
兄弟は手分けをし、たらいを抑えている者、網とカゴを持ってくる者に分かれた。
ほどなくして、息を切らしながら兄弟が戻ってきた。
「持ってきたよ!」
「おう!」
これで、網とカゴが揃った。
よぉし!網で捕まえて、カゴに入れるぞ!
三人は高鳴る胸を必死に鎮めながら、たらいを見守った。そして白蛇が逃げないように、そうっと、たらいを持ち上げた。
「エッッッ!?」
三人は驚いて声を上げた。
白蛇が消えていたからだ。
「どうしていないの?」
「ちゃんと見張ってたよね!」
「穴も空いていないし、潜ったわけではないよね、、、。」
一体、どこへ行ってしまったのだろうか。
結局、白蛇はどこを探しても見つからず、あまりに摩訶不思議な出来事に、三人は狐に摘まれたような気持ちになった。
その晩、白蛇を捕まえようとした兄弟は、三人が三人とも高熱にうなされた。
全く熱が下がらない。
医師に診てもらっても原因不明と診断され、高熱は三日三晩続いた。
原因もわからず、治す手立ても見つからない。これ以上、どうすれば良いのだろう。
「三人とも、もうダメかもしれない。」
覚悟を決めなければならないのだろうか。
両親は、気が狂いそうだった。
その傍らで、ずっと手を合わせていた女の子がいた。妹の巳子である。
巳子は、巳年の巳の時刻に生まれたため、『巳子(ふみこ)』と名付けらた。
「お願いします!どうか、どうか、お兄ちゃまたちを助けてください!お願いします!」
巳子は、必死に手を合わせていた。
すると、どうしたことか。
翌日、三人の兄たちは、嘘のようにスーッと熱が下がったのだ。
信じられない!
こんなことが、あるだろうか?!
巳子が懸命にお願いをしてくれたおかげで、三人の兄たちは、命を救われたのだ!
家族がそう喜ぶのも束の間、兄たちと入れ替わるようにして、今度は巳子が倒れた。
そしてそのまま帰らぬ人となってしまった。
家族は、悲しみと絶望で打ちひしがれた。
どうして、こんな悲しいことが起きてしまったのだろう。
身代わりで逝ってしまったのだろうか。
我が子を亡くす地獄を味わった母親は、心に決めた。
『もう二度とこのような辛い思いをしないために、子供たちの誰か一人を、必ずお医者様にする!』
母の決意は、揺るぎないものだった。
八人に減ってしまった兄弟だったが、それぞれ皆、スクスクと育った。そんな中、母親は末っ子の貢(みつぐ)をお医者様にしたいと考えた。
ところが、母の思いを遮るものがいた。
父親だ。
父親は東京大学を卒業し、なお数学を研究している研究者。貢には、自分と同じ東京大学に行かせたかったのだ。
父と母の思いが、ここで大きく対立した。
どちらも、一歩も譲らなかった。
貢はひとまず、父の希望である東京大学と、母の希望である慶應大学医学部を受験した。
結果、どちらも受かってきた。
両親が貢に期待を寄せたのも納得できる。
両者は、一歩も譲らなかった。
「ええい!貢を医者にさせないなら、こうしてくれるわ!」
母は、なぎなたを振り回して父に襲いかかった。
決着はついた。
母の勝ちである。
こうして貢は、慶應大学の医学部へ進学。
後に医師として宇都宮で開業し、現在は貢の息子も医師をしている。
母があの時、我が子を失った絶望の中で誓った望みが叶ったのだ。
寿政は医学の道とは全く違う人生を歩み、千代という女性とお見合いをして結婚。三人の子供に恵まれた。
「妹の巳子はね、お父ちゃま達の身代わりで死んでしまったんだよ。お父ちゃま達が今生きているのは、巳子のおかげなんたよ。」
寿政は事あるごとに、子供たちに話していたそうだ。
母が子供の頃、父から聞いた不思議な話は私に語り継がれ、いつか私も娘に話すことがあるかもしれない。
白蛇と、兄弟三人と、巳子の話。
偶然が重なっただけなのか、はたまた、、、
真相は、誰にもわからない。
しかし、本当にあった不思議な話なのである。
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