『古今著聞集』刑部卿敦兼と北の方01(古典ノベライズ後編)
(昨日 ↓ からの続き)
まさにその、オペラがあった夜のことだった。
休日出勤を終えた俺は、妻より早く帰宅していたんだ。
妻からは外で食べてくると聞いていたので、冷蔵庫の残り物を食べてから、シャワーを浴びた。
いちおう風呂場を軽く洗って、帰宅する妻のために沸かしておいた。
ほどなくして、妻が家に帰ってきた。
主人の帰ってきたときの犬さながらに玄関で出迎えた俺を、あからさまに避け、ほとんど睨むような目で俺を一瞥したが、その互いの目線は決して合うこともなかった。
リビングのソファに沈み込み、そっぽを向いたまま、彼女は努めて俺を見ないようにする。
「なーに、久しぶりの休日で、却って疲れちゃった? お風呂沸いてるよ」
ママ友たちとの関わり合いが、どんなものかは俺にはわからぬ。
俺の知れない気苦労や、あるいはちょっとした諍いや揉め事があったのかもしれない。
「あ。元気の出る曲でも1曲弾こうか?」
俺はこんな見た目だけれども、音大を出てからプロのピアニストとして活動している。
ここでプロの面目躍如とリビングの電子ピアノに駆けよったけれども、妻はけだるそうにかぶりを振って、俺の演奏を拒否した。
俺は余計をするまいと、今日はもう寝るよと彼女に伝えた。
「なんで…………?」
妻は何かを、ほとんど聞き取れない声でつぶやいていたが、俺はこのときこの小さな声をまったく気にしていなかった。
それから。
妻はますます俺を嫌い始めた。
横で見ていた小学生5年の、俺に似て激烈に能天気な長男ですら「マジやばくない?」と引きつった顔で心配するほど、妻の態度は変わってしまった。
とうとう彼女は、俺と同じ場所には居たくないらしく、空いていた半ば物置代わりの和室で暮らしようになってしまったのだ。
(来週に続く)
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