『古今著聞集』刑部卿敦兼と北の方02(古典ノベライズ後編)
(昨日 ↓ から続き)
気付けば手酌のウイスキーはどんどん濃くなっていった。
息子は幸いにして妻の可愛らしい容姿をしっかりと受け継いではいるけれど、彼女が息子について一番気に入っていると言ってくれたのは、俺によく似た激烈な能天気さと、「なにもそんなに生えなくとも」と誰もが思う太く立派な両眉だった。
彼女の親戚が「眉毛はダンナさんに似たのねぇ」と、さも残念そうな声色で口を滑らせたときなどは、怒髪天を衝いて食って掛かり、それを俺が止めたほどだった。
妻が俺を嫌い始めた理由には、生来の脳天気を度外視したって、心当たりはなかった。
時間がわからん。
飲み過ぎたようだ。
秋の夜長のしじまの中で、月の光や風の音を感じていたら、その秋風落莫たる寂しさが酒と一緒になって全身に染みわたり、ついでに理性のタガが緩んだようだ。
ほんの、ほんの少しだけ、妻への恨めしさが生まれていたのだ。
……いかん、いかんぞ。
なにせ悪いのは妻ではなく、俺の容姿なのだ。ぶはははは。
などと自分を無理に嗤って納得させながら、俺はソファから立ち上がった。
千鳥足のまま移動し、リビングの電子ピアノの椅子に座る。
演奏する直前が人生で一番心が静まる瞬間なのだと、プロのピアニストである俺は考えている。
夜中であるため、ヘッドフォンをつけた。
酒臭い呼気を整えながら、俺は鍵盤の上に両手を構えた。
美しい音楽の世界へと、逃げるかのような気分で没入していったのだった。
(来週に続く)
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