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『宇治拾遺物語』絵仏師良秀02(ウソ後編)

(昨日 ↓ からの続き)

 絵の中で炎を永遠によじらせるために、その平成末期に生涯を閉じた画家は「動く錯視」を使った。これは美術というよりは科学に近いかもしれない。
 例えば美術館などで鑑賞者が順路の「→」に従って歩くと、描かれた炎は視界の中でメラメラといつまでだって燃えて見える。そのような錯視の仕掛けを、なんとオリジナルの手法で作り、火車の妖怪画を描いて見せたのだ。
 CG画でパソコンを使っているとはいえ、動画にしなかった辺りに彼の炎へのこだわりが垣間見える。

 当時、この絵はたいそう話題になった。テレビでネットで、ばんばん流れた。
 妖怪画というある種の「キモカワ」に加え、「当時爆発的に流行ったテレビアニメ」で子供たちが毎週、妖怪をウォッチしていたことも追い風となった。上野でパンダと国立美術館のハシゴが、文化的なデートコースとして取り上げられるほど。
 ましてや日本のみならず、世界にも拡散された。
 海外セレブが“So great!”とひとたびSNSで発信すれば、火車の絵はもちろん画家本人も、地球規模で皆の知るところとなったのだ。PPAPpermanent peculiar ablaze painter(永遠に風変りな燃え盛る画家)という愛称で。


 ところがだ。
 まずは非科学的なことを書くが、美術品や芸術品には、なにか不思議な力が込められているのかもしれないなとわたしは思っている。
 一方で科学的な見地に立てば、錯視とは錯覚のことであり、人間の脳に影響を与えるものだ。この画家オリジナルの錯視が、なんらかの強烈な催眠効果を持っていたという説も根強い。
 日本を含んだ地球規模の不況の原因が、ここにあるのだという。

 なにせ一番あの火車の絵を見たのは世界の中でも日本人であり、その日本は未だダラダラと、永遠に燻り続けるかとも思える風変りな不況である。
 これを火の車と言わずしてなんと言うか。
 やはり妖怪・火車は、地球を―とりわけ日本を―乗っ取ってしまったに違いない。
 しかしわたしは希(こいねが)う。この日本を含めた地球全体の暗い現状をこそ、「錯覚だよ」と誰か言ってはくれないか、と。

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