『宇治拾遺物語』絵仏師良秀02(古典ノベライズ後編)
(昨日 ↓ から続き)
「年の瀬だし、神社みたいに誰かお守りでも焼いてんのかな?」
伸びの格好のままでのん気な言葉がこぼれたが、それが通常の焚火ではないことには、当たり前だがすぐ気がついた。
このときのオレは普通じゃなかった。
ひょっとしたら、なにかに憑かれていたのかもしれない。
「火か」とつぶやき、上履きのまま外へ出た。
おそるおそる近づき、熱いのもお構いなしにあとはじっと火を見るのみ。
火は炎になり、火炎になっても、オレはそれを放置した。
通報はしなかった。
ねじれるように長時間に亘ってうねる火を、1枚1枚静止画のように脳へと焼き付けるべく、逃さぬように両目を見開いていたことだけは覚えている。
自分じゃわからないけど、きっと目はイっちゃっていたんじゃないだろうか。
「煙だ! 火事なのかーっ!」
誰のかは知らぬが、遠くからの大人の声で我に返り、身支度して慌ててその場から逃れた。
後のことはあいまいなんだけど、美術室は類火をうけて部員たちの絵は消失。
無事だったのは、オレのノートパソコンのデータくらいか。
幸いなことにオレも誰かに見とめられてはいなかった。
あの炎は、とりわけオレが絵を描く際の激烈な原体験となった。
受験には合格し、以来オレは本格的な芸術の道へと進むことになった。
あのとき切り取った一瞬の炎を、永遠に胸に抱いたままで。
*
「パパ―。みてー。すごいよー。あついよー」
美術館で声を上げて先を走る娘に、しーっと指を立てながら、父親は駆け寄る。
小さな女の子が興味を持った視線の先にあったのは、CGアートの巨匠と名高い、とある画家の作品だった。
「本当だ。見ているだけで熱く感じる絵だね。これもCGアートなのか。すごいな」
「これ、すごいの? すごいひとの、えなの?」
「炎を描き続けた天才画家だそうだ」
生前『豪火の魔術師』という異名を持つほど名を成したその画家について、父親は作品脇の掲示を読んで娘に説明をしてやった。
聞いた娘は黙り込み、思案気に腕組みし、それからニコっとかわいらしく意を決した。
「サラちゃんね、しょうらいはね、こういうね、えをかくひとになる!」
「ほー。紗良の将来の夢は、画家さんかぁ。じゃぁね、紗良ちゃん。紗良ちゃんは立派な小学生だから、次は立派な中学生になれるようにがんばろうね。なにせ後世に名を遺すような立派な芸術家だ。子供のころから清廉潔白。よほど立派な人間だったに違いないさ」
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