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【読書記録】FACTFULNESS

ファクトフルネスとは――データや事実にもとづき、世界を読み解く習慣。賢い人ほどとらわれる10の思い込みから解放されれば、癒され、世界を正しく見るスキルが身につく。
世界を正しく見る、誰もが身につけておくべき習慣でありスキル、「ファクトフルネス」を解説しよう。

 著者はイントロダクションで、下記のような質問をいくつかしている。

世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?

2倍?変わらない?半分?

半分になった、が正解。しかし、著者が数十年間で何千もの人に質問をしてきたなかで、正解率は平均7%だという。ほとんどの人が、2倍や、変わらないという認識でいたという。

ご多分に漏れず、私もまんまと間違えた。出だしから驚きだ。



 著者は所得のレベルで世界を1から4で区別している。1は1日1ドルで暮らす人々、2は4ドル、3は16ドル、4は32ドル。それぞれ10億人、30億人、20億人、10億人。

今から200年ほど前、世界の85%がレベル1に暮らしていた。しかし直近の20年で人類史上最も速いスピードで極度の貧困が減っている。世界の大半の国々はレベル1から2or3へとレベルアップしているというのに、私たちは未だにそれらの国でレベル1の暮らしをしている思っている。正しいデータを調べれば誰でもそれが間違いだとわかることなのに、誰もそのことをわかろうとしていない、というのだ。

 では、なぜ私たちは世界がこんなに良くなっているということに気付かないのか。気付こうとしないのか。

著者曰く、私たちは10の思い込み(10の本能)に捉われ、世界を正しくみることができないのだという。

 まずは、ネガティブ本能(ポジティブな面よりネガティブな面に気づきやすいという本能)。この思い込みがあるから、世界は着実に良くなっているというポジティブ面ではなく、まだまだ貧しくて困っている国があるというネガティブな面に意識がいきがちになる。

 そして、分断本能(さまざまな物事や人々を2つのグループに分けないと気が済まない考え方)。世界には、豊かな”私達の国”とは違って、”あの国”のように貧しい生活をしている人々がたくさんいるという思い込みをしている。しかも”あの国”とひとまとめにしている国々は、レベル1〜3まで全て含まれているという(実際にはレベル1と2の間には歴然とした暮らしの差があり、レベル1の国は全世界の人口のたった6%にあたる13カ国だけ)。この20年で世界では数十億人が貧困から抜け出し、グローバル市場で消費者や生産者となるレベル2や3になっている、というのが事実なのだ。

 こういった思い込みがあるから、私たちは世界が確実によくなっているということに気づけない、世界を正しく見る事ができないのだと、著者はいう。



 他の8つの本能についても追って説明するが、本書を読んで私が思ったことは、世界は私たちの本能を刺激した結果として起こった現象に溢れているんだということ。

 例えばアメリカ。分断という言葉を聞くと、真っ先にアメリカのトランプ大統領の姿が浮かぶ。人々の分断本能を刺激するように、富を集める富裕層と搾取される労働者の対立を煽る。イスラエルの首都移設問題もそうだ。エルサレムは神がイスラエルの民に与えると約束した宿命の土地であり、イスラエル人にとって他の民族に渡す選択肢はない。しかしアメリカがエルサレルをイスラエルの首都と認めることで、イスラエル人の宿命本能(持って生まれた宿命によって、ヒトや国や文化の行方は決まるという思い込み)をも利用しつつ、イスラエルとパレスチナの分断を進めようとしている。

 でもよくよく考えると、アメリカの分断は今に始まったことではない。イギリス国教会と対立したピューリタン、入植者と先住民族、雇主と奴隷、白人と黒人‥。その時代の指導者は人々の分断本能をうまく利用しながら、分断と融和を繰り返してここまできたのだ。

 そう考えると、アメリカは本当に様々な本能をうまく利用しながら成長してきたといえないだろうか。アメリカは最近まで世界の警察官として民主主義を世界中に広める事を第一としてきた。単純化本能(ひとつの視点だけで世界を理解しようとすること)に従い、世界を一つの切り口、一つのイデオロギーのみで捉える事の方が簡単だからだ。自分達が正しいと思う民主主義という思想が世界中の皆にとっても一番であるというパターン化本能(一つの例が全てに当てはまるという思い込み)に従った行動とも言える。その理念・行動は今の複雑化した世界においては限界を迎えているが、これから世界はこの本能による思い込みをどう乗り越えていくのだろう。

 次に欧州。欧州では、分断本能・パターン化本能・宿命本能の現れとして人々の思想にまで昇華しているものの例として、"西洋第一主義(ヨーロッパ中心主義)”が挙げられると思う。宿命本能によって、私達とは持って生まれたものが違うのだから西洋以外の文化や社会は絶対に西洋に追いつけないと鼻から思い込んでいる。分断本能によって、私たちの国とあの国には越えられない壁があると思い込む。パターン化本能によって、西洋人以外の人々に決まったパターンを押し付けている。

 西洋第一主義といえば、文化人類学者であるレヴィ=ストロースの「野生の思考」が思い出される。構造主義という手法を使い、未開の社会にも西洋人と同じ思想の構造が備わっていることを示した著書であり、橋爪大三郎の「はじめての構造主義」でも紹介されている。ストロースは構造主義という手法を用いて強烈な西洋第一主義に対する批判をしているが、今回の著者も正確なデータ分析という手法を用いてストロースと同じことを伝えたいのだ。この本の文章の端々から著者が西洋第一主義を懐疑的・批判的に捉えていることが窺えた。

 野生の思考が出版されたのは1962年。そこで西洋第一主義に疑問が投げられても、現代までその思考は根強く残っているようだ。しかし、アフリカなどは西洋の文化に対抗できるはずがないという考えに囚われていると、現実が見えなくなる。アフリカは実際にはレベル1〜4まで全ての国がある成長著しい国々がたくさんあるのに、全て1の国と同じ水準だと決めつけ、色んなビジネスチャンスを逃している可能性すらあるそうだ。

 社会と経済が進歩すれば、価値観や文化は変わる。変わらない文化などない。いつまでも西洋が1番であるとは限らないのだ、と著者はいう。その通りだ。



 こういった本能の現れである思想を生む原因としては、メディアの存在も大きい。西洋以外のアフリカなどの国々も、社会や文化が急激に変化している。そういった報道は西洋ではほとんどなされない。その代わりに、私たちの恐怖本能(恐ろしいものには自然と目がいってしまうこと)を利用し、それを刺激することで容易く関心を引くことに注力している。世界の年間死亡者数1%にも満たないような、災害・殺人・飛行機事故・テロ‥。

 そんなメディアの情報に数字がでてきたら特に注意。私たちは過大数字本能(ただ一つの数字がとても重要であるかのように勘違いしてしまうこと)によって、一つの数字だけでなんて大きい(小さい)んだと判断してしまいがち。しかし、数字は単体で意味を持つことはない。何か別の数字との比較と、割り算を使うが大切だ、という。ある量をひとつの量で割ると、答えは割合になるので理解がしやすくなる。この数字の前後関係はどうなっているのか、ひとりあたりの数字にするとどうなるのかなど、情報を批判的に読むようになれれば、たしかに世界は違ってみえてくるだろう。

 グラフが出てきた時も同じく要注意。直線本能(グラフは真っ直ぐになるだろうという思い込み)によって、何のデータも直線に伸びていくと考えがちだが、実際は様々な形を描くものであることを知っておくべき、だそう。

 まさに今世界はコロナウイルスに関する数字の情報で溢れている。日本や世界の感染者数や死亡者数の情報が次々と流れ、メディアが毎日危険を煽っている。しかし、それをそのまま鵜呑みにしてはいけないのではないか。陽性率を報道する時にその母数となる検査数まできちんと報道しているメディアはどれだけいるのか。検査母数は日に日に多くなっているというから、それに伴って発症者が増えるのは当然だ。

 また、コロナによる若者の死亡率についても、リスクがないわけではないと不安を掻き立てる。実際、20代の力士が死亡したニュースは衝撃だった。でも、これを死亡者の全体数からみたらどうか。0%にもみたないという。それでも、メディアでは顔写真とともに、その力士の死亡ニュースを大々的に報じて恐怖本能を刺激し、不安を煽る。もちろん、若者でも死亡するリスクはゼロではないし感染予防を徹底しなくてはいけないことは紛れもない事実なのだが、こうやって不安を煽り目先の恐ろしさに目が眩んで、冷静に物事が考えられなくなり過度な行動を取ってしまったり、落ち着いて自分がすべきことを考えることができなくなってしまうのではないか。まさに、恐怖による焦り本能(今すぐに決めないといけないと思い焦ること)に支配されてしまうということだ。

 今書いたように、犯人探し本能(誰かを見せしめとばかりに責めてしまうこと)に従ってメディアを悪者にしたてあげることは簡単だ。しかし、そもそもメディアに中立性を期待すべきではないことも肝に銘じておくべきだ、と著者は忠告もしている。もっともなことだ。

 世界には本能を刺激された結果として現れた現象や、思想、情報に溢れている。
それはある意味仕方ないことだ。しかし決してそれに振り回されず、正確なデータを下に情報を読む力を養うことが、これから生きていく上で非常に大切なのだということを本書は教えてくれた。情報を鵜呑みにしてしまいそうになったら、私は今10の思い込みをしたままで咀嚼しようとしていないか、少しでも意識していくだけで見えてくる世界が違ってくるだろう。これからどう世界に溢れる情報と向き合っていけばいいのかという視点を教えてくれた良著。簡易な文書でかかれているので、分厚い割にすぐに読める。

ハンス・ロスリング
ハンス・ロスリングは、医師、グローバルヘルスの教授、そして教育者としても著名である。世界保健機構やユニセフのアドバイザーを務め、スウェーデンで国境なき医師団を立ち上げたほか、ギャップマインダー財団を設立した。
ハンスのTEDトークは延べ3500万回以上も再生されており、タイム誌が選ぶ世界で最も影響力の大きな100人に選ばれた。2017年に他界したが、人生最後の年は本書の執筆に捧げた。
オーラ・ロスリングとアンナ・ロスリング・ロンランド
オーラはハンスの息子で、アンナはその妻。ギャップマインダー財団の共同創設者。オーラはギャップマインダー財団で2005年から2007年、2010年から現在までディレクターを務めている。
アンナとオーラが開発した「トレンダライザー」というバブルチャートのツールをグーグルが買収した後は、グーグルでオーラはパブリックデータチームのリーダー、アンナはシニア・ユーザビリティデザイナーを務めた。
2人はともに功績を認められ、さまざまな賞を受賞している。

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