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「彼女が死のうと思ったのは」まとめ

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創作大賞2023 ミステリ小説部門に応募した作品をまとめたものです。
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「彼女が死のうと思ったのは」エピローグ #創作大賞2023

ホームルームが終わって、バッグを掴むと、日傘が教室の後ろのドアから顔を出した。
手招きについて、部室に向かう。職員室にあるケースから取り出した鍵を使って、ドアを開けた。

「さあ、文化祭近いし、気合入れて書くよ!同好会から部への昇格目指して!」

今、僕たちは新入生の確保を目指して、小説を書いている。
小雨先輩の部活への所属については、日傘が自分から外してしまったので、部活動としての条件を満たせな

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「彼女が死のうと思ったのは」第9話 #創作大賞2023

遺書には、小雨先輩が自殺した理由の全部が書かれていた。日傘は嗚咽を漏らしながら、涙で顔中を濡らしながら、それでも歯を食いしばって読み進めた。やがて、最後の行が終わって、僕は代わりにファイルを閉じた。

日傘は声を震わせて、しばらく泣き続けた。怒りと悲しみがないまぜになった表情で。
雨粒が屋根を叩く音が聞こえる。

「私、悔しい。お父さんにもムカつくし、何も言ってくれなかったお姉ちゃんにもムカつく!

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「彼女が死のうと思ったのは」第8話 #創作大賞

お父さんに久しぶりに会ったのは、4月の終わりのことだった。両親の離婚から、5年が経っていた。奢ってやるからと、外れの喫茶店まで連れて行ってくれて、そこで色々な話をした。

父は私たちの学校生活や、家での話を聞きたがった。学校では文芸部に入って楽しい日々を送っているということや、テストで学年トップをとった話をした。日傘の話もした。部活の同級生と仲良く喧嘩したり、小説をお勧めし合ったりしていることを話

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「彼女が死のうと思ったのは」第7話 #創作大賞2023

学校の最寄りから1駅乗って、そこで降りた。ついてくる日傘は不思議そうにしていた。

「私の家もっと先だけどいいの?」
「うん。取ってきたいものがあるから。あ、先に行っててもよかったけど」
「いいよ。樹の家、見てみたかったし」

 駅から数分歩き、自宅の前に着く。鍵を開けて中に入っていく。

「私、上がってもいい?」
「どうせすぐ戻ってくるけど、まあいいか。せっかくだし」
「やった、お邪魔します」

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「彼女が死のうと思ったのは」第6話 #創作大賞2023

昨日は22時に就寝し、6時に起床。教室に来たのは一番乗りだった。授業も真面目に受けて、いつの間にか放課後を迎える。日常はつつがなく進行していた。問題は天気予報を見ていなかったので、帰りの傘がないことくらいだ。まあそれも近くのコンビニまで走ればいい。

日傘とは顔を合わせたくなかったから、ホームルームの後、すぐに教室を出た。廊下に目を向けると、見覚えのある姿がある。日傘は腕組みで仁王立ちだったが、息

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「彼女が死のうと思ったのは」第5話 #創作大賞2023

街の古本屋を3軒めぐって、目的のものを買い集めた。自転車で結構漕いだから、終わったころには汗だくだった。なかなか見つからず困っていたけれど、最後の1軒にだけは大量にあった。日傘の母親がここで売ったのだろう。レジ袋を覗いて目視で数えてみる。全部で20冊くらいはあるだろうか。幸いどれも分厚くはなかった。1冊1時間くらいで読めるだろうか。それでも普通ならどんなに急いでも、1週間くらいはかかるだろう。しか

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「彼女が死のうと思ったのは」第4話 #創作大賞2023

職員室に向かったけど、部室の鍵は先にとられていた。踵を返して部室に向かうと、日傘が待っていた。どうやらHRが終わってすぐにここに来たらしい。

「早いね」
「早いっしょ」
「こんなことでどや顔すんな」
「あたり強くない?」

言って日傘はへにゃりと笑う。

「これ恒例にする気?私ちょっとへこむからやりたくないんだけど」
「次からは止めとこう」
「そうして」

様子はいつも通りだったけど、目の下に隈

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「彼女が死のうと思ったのは」第3話 #創作大賞2023

父の書斎はいつも本で埋め尽くされていた。そこにはたくさんの作家の本が並んでいたけれど、私はとりわけ父の書いた小説を読むのが好きだった。父の作品はミステリばかりだったので、幼い頃は話の意味がよくわからなかったけれど、辞書やネットで言葉を調べたり、ノートに登場人物をまとめたりしながら読んでいくうちに、だんだん理解できるようになっていった。

父の小説を読みつくすと、他の作家が書いたミステリも読むように

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「彼女が死のうと思ったのは」第2話 #創作大賞2023

日傘の家は、学校の最寄駅から3駅乗って、そこから5分とかからない場所にある。夏休み中は部室代わりに集まることも何度かあったが、今回は事情が違う。緊張で心臓は早鐘を打っている。

日傘はバッグから取り出した鍵でドアを開け、僕を招いた。

「傘、そこね」

玄関に入ってすぐ左側に、傘立てがあることに今更気付いた。そういえば雨の日に来たことはなかったな。薄い水色の傘の隣、味気のないビニール傘を差し込む。

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「彼女が死のうと思ったのは」第1話 #創作大賞2023

【あらすじ】
9月中旬。3人しかいない文芸部の部長である東條小雨が自殺した。その理由は不明だったが、ある日、部員であり小雨の妹でもある東條日傘の机から2つのUSBが見つかる。1つにはパスワードがかかっており、もう1つにはミステリ小説のデータが入っていた。もう1人の文芸部員である一ノ瀬樹は、日傘に頼まれその解読を手伝う。

【本文】
文芸部室に入っても、そこに小雨先輩はいなかった。僕はすでにその理由

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