「彼女が死のうと思ったのは」第9話 #創作大賞2023

遺書には、小雨先輩が自殺した理由の全部が書かれていた。日傘は嗚咽を漏らしながら、涙で顔中を濡らしながら、それでも歯を食いしばって読み進めた。やがて、最後の行が終わって、僕は代わりにファイルを閉じた。

日傘は声を震わせて、しばらく泣き続けた。怒りと悲しみがないまぜになった表情で。
雨粒が屋根を叩く音が聞こえる。

「私、悔しい。お父さんにもムカつくし、何も言ってくれなかったお姉ちゃんにもムカつく!そんなに悩むくらいなら、私も共犯にしてくれればよかったのに!お母さんもお母さんだよ!気付いたならその場で怒ればよかったんだ!」

 当人が誰もいないこの部屋で、日傘はぶつけどころのない怒りを放つ。

「もう、全部ムカつく!全員バカ!娘から金借りるくそ野郎も!言わなかったお姉ちゃんも!放置したお母さんも!気付かなかった私も!全員嫌い!」

叫んだ声が部屋に響く。何か言おうと思ったけど、僕には何も言う権利がない。小雨先輩の気付かなかったのは、僕も同じだ。ヒントはいっぱいあったはずなのに。ミステリばかり読んで、推理力がある気になって、結局何も役に立たない。
やがて、日傘はようやく落ち着くと、僕の方を向いた。

「ごめんね、樹。私に付き合わせちゃって」
「謝らないでくれ。僕は小雨先輩が苦しんでるとき何もしてあげられなかったんだ。取り返しがつかなくなってから真実を明らかにしただけで、何の役にも立っていない」
「でも、私だけだったら、絶対分からないままだった。そうしてわけも分からないまま、いつの間にかお姉ちゃんのことも忘れていって、そうなるよりは絶対いい」

日傘の声はまだ震えていたけれど、決意のこもった強い声でそう言った。

「私、今から、お母さんに電話する。お姉ちゃんのメンツもお母さんが忙しいとかももう知らない」

言いながら、日傘は電話をかけだした。
僕がいては話しづらいこともあるだろう。部屋を出ようとすると、背中に声が投げられた。

「樹!ありがとう!」

うん、と返事をして、家路に着く。
パスワードを解いたところで、小雨先輩が戻ってくるわけでもないし、日傘の父親とのトラブルが解決したわけでもない。
だけど、日傘は前に進もうとしている。
日常はそう簡単には戻らないし、問題は山積みのままだけど、それでも進もうとする意志があれば、いつかはうまくいくんじゃないかと、楽観的だがそう思う。
さしたビニール傘に雨粒が反射して、小気味よく音が鳴る。


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