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遠距離恋愛

大学生になった私は、浮かれていた。

田舎から都会の大学に通うステータス。交友関係も広がって、コンパ相手のレパートリーも増えた。アルバイトもアクセ屋の店員になった。大学帰りに百貨店のセールにも行けるようになった。自由に髪色を変えて、ネイルをして。ヒールのあるパンプスなんて履いちゃって。


授業コマも自由に選べるからこそ、1限はカット。大学生って自由・・・・!(勉強しろ)


新しい友人に囲まれて、毎日がキラキラしてた。地元では当たり前に友達がいて、幼馴染と遊ぶ回数が増えた。そう、とりあえず遊び倒していたのだ。


そんな時に出会ったのが、シンノスケ(仮名)だった。


5個上の社会人だった。コンパで出会って、話しているのが楽しくて。ムードメーカー的な立ち位置の人で気遣いもできる姿が素敵だった。毎日のように連絡を取り合って、毎週末デートに行った。4回目のデートの時に、「付き合ってください」と頭を下げた彼に恋に落ちた。いや、もう落ちてたのかもしれない。有頂天だった。F川先生とのアレコレの後で、なんだか気持ち的に恋愛に後ろ向きだったけれど、こんなに気持ちって変わるものなんだと知った。


が、しかし。付き合って1週間で彼の転勤が決まった。突然、電車乗り継いで片道4時間半の超!遠距離恋愛へ。


落ち込みまくって、もう続けるのは無理だと思ったけれど、シンノスケは「なんで無理なの?」とケロッとしてた。「毎週末帰ってきたら、今までと何も変わらないよ。」そう言った。


そうして始まった遠距離恋愛。そこそこの企業のエリート営業マンだったけれど、連絡はマメだし、毎週末帰ってくることもあった。それが難しい時期も、月2回は帰ってきてくれた。あぁ愛されてる。何度思ったことだろう。


食事をした後に、シンノスケ行きつけのバーへ行ったり、夜景を見に行くドライブだったり、いつも「大人」なデートを教えてくれた。記念日には温泉旅行に連れて行ってくれて、誕生日プレゼントは当時流行っていたLouis Vuittonのかばんだった。何から何まで、私にはキラキラした出来事だった。


とても素敵な人だったけれど、一点だけ不満があった。「体の相性」だ。


もちろん当時の私は、2人しか経験無かったし文句言える立場ではなかったけれど、それは本当にもう「相性」でしかないのかもしれない。夜景の見えるホテルに泊まっても、その後行われる情事は私を満たすものではなかった。


何がダメとかじゃないけれど、ただ「良くない」のである。シンノスケとのキスや触れ合うことは、好きな気持ちも乗ってとても幸せなのだが、行為に入るとテンションが下がっていた自分がいた。


他の人としてみたら、何かわかるかな・・と思ったのも事実だ。好きな気持ちが勝っていたから、その一線を越えることは無かったけれど。


なんとなくその問題は誤魔化しながら、シンノスケと遠距離恋愛は続き、月日はあっという間に1年半経過していた。何度かシンノスケが暮らす街に遊びに行くこともあった。素敵なところだけど、やっぱりシンノスケには戻ってきてほしいなぁと思ったことを覚えてる。自分の居場所に感じなかったからだろうか。


幼馴染を亡くして、私が抜け殻のような状態になったのを心配して、夜中に車を飛ばして帰ってきてくれたこともあった。せっかく駆けつけてくれているのに、幼馴染を交通事故で亡くしたことが大きくて、シンノスケが車で帰ってくるのを嫌がって泣いたら、黙って抱きしめてくれた。それからしばらく新幹線で帰ってきてくれるようになった。それくらい心の優しい人だった。


4月、桜が満開の時だった。シンノスケから電話がかかってきた。


「好きな人ができた。ごめん。別れてほしい」


少しだけ気付いていた。一緒にいる時になんとなく心ここに在らずだったシンノスケの横顔に。「嫌だよ」そう言った先から涙が溢れて、「ごめん」何度も言うシンノスケに何も言えなくなった。


どうしてこうなってしまったんだろう。何度も思った。優しいシンノスケに甘え過ぎてしまったのかもしれない。彼の繁忙期に、どれだけ私は配慮できていただろうか。返信が遅いことに咎めていなかっただろうか。考え出したら、キリが無かった。思い出すのは、優しい笑顔ばかりだった。


電話一本で、別れるなんて嫌だ。


そう思った私は、ゴールデンウイークに会いたいとシンノスケに伝えた。このままじゃきちんとお別れができない。会って話がしたいと。シンノスケからは、「わかった」その一言だけ返信がきた。


ドキドキしていた。ワクワクしていた。シンノスケに会えるのが嬉しかった。別れを告げられたはずなのに、なんだか心が躍っていた。


ゴールデンウィークに入り、電車を乗り継いでシンノスケが暮らす街へ向かった。もうこの電車に乗ることは無いのかなぁと心のどこかで感じながら、少しずつ心が重くなっていくのがわかった。


最寄り駅、シンノスケは車で迎えに来てくれていた。見慣れた車がロータリーに停まっているのが見えて、心が躍って足早になった。「久しぶり」と車内を覗き込むと、何とも言えない複雑な笑顔をしたシンノスケがいた。


車に乗り込むと、今までなら当たり前に私の手を握ってくれたシンノスケの左手が、頑なにハンドルを握っていた。「あぁ そうか」わかっていたのに、わかっていなかったこの雰囲気。車内でふたりの距離は近いのに、明らかに感じる心の距離。


少し高台に車を停めて、シンノスケが話し始めた。仕事で辛かった時に、支えてくれた女性を好きになったことを。「聞きたくない。」そう思ったけれど、聞きに来たのは私だ。と思いながら、言葉を選び、言いにくそうに話すシンノスケの横顔を見ていた。


「なっこを嫌いになったわけじゃないよ」


ズルい言葉だ。わかっているのに、嬉しくなった。シンノスケの指に、自分の指を絡めたくなった。こみ上げる愛しさと寂しさ。あぁ本当にこの人と終わりなんだと少しずつ実感してきたんだ。


「もう戻れないの?」


私の問いかけに、シンノスケは黙った。黙ったまま、首を横に振った。


「こんなの浮気じゃん。酷いよ。」


少し語気を強めたら、自分の感情が爆発した気がした。責めることで、何かを守ろうとしたのかもしれない。シンノスケはただ、俯いたまま「ごめん」としか言わなかった。


「泊まろうかな」


そう言うと、困った顔をして私を見るシンノスケがいた。そんな顔が見たいわけじゃないのに。自分がコントロールできない。


「彼女が待ってるから」


そうシンノスケが言った。あぁ好きな人だったはずなのに、結局彼女に昇格してんじゃん。なんだか心が冷えたのがわかった。


「わかった。帰る。」


最寄りの駅に、送ってもらって車を降りた。後ろを振り向けなかった。どんどん顔が熱くなるのがわかったから。車を動かすエンジン音が聞こえた。咄嗟に振り向いたら、シンノスケの車が走り去るのが見えた。


あぁ 好きな人のところに帰るんだ。


帰りの電車の中では、ずっと涙が止まらなかった。本当に終わってしまった悲しさもあったが、二人でいる空間が明らかに変わったことを改めて実感したショックもあったのだと思う。


こうして、1年半の遠距離恋愛に終止符を打った。


沢山のことを教えてくれたシンノスケとの時間は、今もすごく良い時間だったと思う。遠距離恋愛の切なさも、愛しさも知った。自分の足らないところも気付かされた恋だった。


シンノスケは、後に結婚し、2児の父親になった。きっと今も幸せだろう。


貴方に出会えて良かった。


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